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パトラッシュが駆ける!

着席の美学 

2016年10月29日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

エスカレーターがある。
横に階段が見える。
そういう時、私は迷わず、階段の方へ、足を向ける。
駅のそれは、安全のためにであろう、踏み面を広く取り、上り幅が少ない。
これを一段ずつ、律義に踏んで行くのは、まどこっしくていけない。
私は、一段飛ばしに上がる。

長い階段ほど、ファイトが湧く。
何十段あろうと、一気に上る。
わき目を振らずに、上がりつつ、実は周辺の目を、意識している。
妙齢の女性でも、見ていてくれれば、ことに嬉しい。
「あら、あのおじさん、すごいじゃない……」
と言ってくれなくてもいい。
心に思ってくれれば、それで十分だ。

ホームに上がると、息が乱れている。
平静を装いつつ、ベンチを求め、歩いて行く。
足腰に、負荷を与え、与え終ると、今度は安息を求める。
大いなる矛盾と言えなくもない。

電車では、空席の多そうな車両を選ぶ。
概ね、先頭と最後尾が空いている。
わざわざホームの先端に行く。
シルバーシートの目印があれば、そこに行く。
先ほどの覇気が、うそのようだ。
実にもう、情けないことになっている。

乗り込んだ電車に、空席のないことがある。
その時は、シルバーシートに近付かない。
物欲しげに、思われるからだ。

吊革につかまり、ことさらに胸を張る。
目を、やや上方に向ける。
そこに車内広告があるから、それを、ひたすらに眺めている。
眺めている振りをする。
間違っても、眼下の乗客と、目を合わせてはならない。

油断すると、声を掛けられるからだ。
「どうぞ」
こう言って、席を譲られたら、もう終りだ。
観念して、そこに座らねばならない。

席には座りたい。
しかし、譲られたくはない。
ここに大いなる矛盾がある。
私はその矛盾の中に、私の美学を、貫いているつもりでいる。

そんな私が、逆に、席を譲ることもある。
乳児を抱いたお母さんや、妊婦と思しき、女性を見た時である。
但し、そこで注意が必要だ。
私はことに、女性を見る目がない。

仮に腹が出ていても、それが何の原因によるのか、見当が付かない。
もしも、妊婦でない女性に、席を譲ったら……
考えると、足がすくむ。
その結果として、近くの他の乗客に、名を為さしめることになる。

間違う恐れの、ない場合もある。
松葉杖が見えた場合だ。
私は、読みかけの本を閉じるや、決然と立ち上がる。
相手の年齢も性別も、何も関係ない。
これほど歴然たる、情況証拠はない。

近隣の若者を尻目に、すっくと立ち上がる。
誰が座席に、連綿とするものか。
席を譲り、少し離れたところへ行く。
恩着せがましく、彼の視界に止まらないためにだ。

そうしたらどうだ。
行った先で、声がかかった。
「どうぞ」
これにはもう、参った。
私の美学は、一瞬にして潰えてしまった。

 * * *

小柄な女性が、吊革につかまり、一方の腕で、女の子を抱えていた。
靴を履いているから、乳児ではない。
幼児の域に、達したばかりであろう。

「あんた大丈夫?」
電車が揺れ、見るに見かねたのであろう、近くの乗客が声をかけた。
男である。
おじさんである。

「大丈夫です」
若いお母さんは、気丈に答えた。
答えるよりなかろう。
「だめです」とも言えないではないか。

「そこらの人、立たせちゃいなさいよ」
男は、女性に向かい、言った。
彼女の前に座っている乗客は、いずれも若い男女だ。
一人は目をつぶっている。
二人はスマホをいじっている。
おなじみの車内光景だ。

やっと一人が、立ち上がった。
「どうぞ」
スマホの女性の一人だ。
「いえ、大丈夫ですから」
若いママさん、遠慮している。
遠慮を貫き、固辞に至っている。

結局、車内の光景が、変ることはなかった。
波風を起こした男も、次の駅で降りて行った。
彼、言い方が悪い。
立っている女性に向かい、座っている乗客を「立たせちゃいな」と命じている。
そんなことを言う前に、自分が命じればいいではないか。

女性もまた、譲られたら、座ればいいではないか。
譲ろうとした方の、面子はどうなる。
私に言わせれば、三者三様によくない。
実にもう、美しくない。
もっとも、その一部始終を、傍観している私だって、よくない。
実にもう、美しくない。

 * * *

私は、この先の人生において、一つ願っていることがある。
杖だけは、突きたくない。
命の尽きる前日まで、私は己の足で、すたすたと歩いていたい。

そのために、課していることがある。
一日に、一時間は歩く。
タクシーには、絶対乗らない。
バスにも、なるべく乗らない。

そして得意の、階段上りだ。
一歩ごとに、呟きつつ上る。
「せい」「けい」「げか」「には」「ゆく」「まい」「ぞ」
我が家の近くの整形外科は、常に込んでいる。
医院の中に、人が溢れているのが、ガラス越しに見える。
あんなところに行くくらいなら、死んだ方がましだ。
それで、意地になり、階段を上っている。



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いえいえ、

パトラッシュさん

彩々さん、
私の生き方なんか、ちっともしっかりしていません。
ほんの少々、人様と違うところはありますが……
これを「へそ曲がり」ということも出来ます。
私の場合、それを美学と称しているだけなのです。

「近寄るな」「誘うな」……
とんでもございません。
常に、誰かからの、お誘いを、待っている状態なのです。
特に女性から……
特に彩々さんから……

2016/10/30 12:25:59

美学

彩々さん

私は大したこだわりも持っていないのに
この「美学」という二文字が好きです。

パトさんとお会いして、その立ち姿や
おっしゃる階段の上り方など何気に拝見して、
おっしゃるパトさんの「美学」を感じ取って
いました。
「この方は、生き方がしっかりして
おられるなぁ」と…
ごめんなさい。上から目線で(笑)

電車の中での下りで
>油断すると、声を掛けられるからだ。

そうかぁ〜、やっぱり簡単に近寄るな、
誘うな、という背中が語っているのは、
その意思の強さからなのですね。。。

2016/10/30 09:34:29

その言葉

パトラッシュさん

澪つくしさん、
私も知っています。
クスリ、クスリ……
笑いながら、階段を上ります。

エスカレーターしかないところ、もう、がっかりです。
仕方なく乗りますが、これを歩き上ることはしません。
エスカレーターは、歩くものではないからです。

2016/10/29 19:09:22

階段を見たらクスリと思え!

澪つくしさん

パトさん 凄いですね〜↑↑

殿方(パトさん)の美学は、女の私には
よく理解できませんが・・・

出かけた時は階段を見たら表題の言葉が浮かびます。
もちろん自然に実行しています。
ただ、帰りにその日の歩数が1万歩を超えていたら、
エスカレーターに臆面もなく乗りますよ(*^-^)ニコ

この言葉は常日頃、高齢者の体操教室で言い続けて
いる言葉で、健脚で居るための呪文デス(^^♪

2016/10/29 18:29:30

酔った時が特に危ない

パトラッシュさん

喜美さん、
仰る通り、階段の事故は多いです。
そのほとんどは、足を踏み外すなどの、下り損ないです。

そこで私は、考えました。
下りの、一段飛ばしは、もう止めようと。
それまでは、下りも駆け下りておりました。
よく無事であったものです。

2016/10/29 12:26:30

飾りもの

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
貴女は既にして、淑女であります。
姿勢もよろしいです。

「転ばぬ先の杖」は、当面必要ないでしょう。

ちなみに、私は、杖を一本持っております。
遍路旅で使った、白木のそれです。
さすがに、街中では使えません。

空しく、壁に飾ってあります。

2016/10/29 12:22:58

大丈夫?

喜美さん

階段 其れ無理しない方が良いわ
見ている若い子もお爺さん無理して危ないと思っているだけだと思います
もし踏み外したら そんなこと考えないでしょうね 老人の運転事故多いけれど本人は事故おこさないと確信しているから乗っているでしょうし
歩くのは幾らでも歩いても階段そろそろやめたら如何?

2016/10/29 11:52:48

老淑女への道に、憧れています

シシーマニアさん

私は、老いに関しては比較的素直に享受している方です。

若いときに運動をしなかったツケが回ってきて、足腰は年齢相応に衰えていますが、特に強化の努力もしていません。

そのうち、素敵な杖を見つけたら、心の支えに使おうかな、とも思っています。


当地は、優先席が充実しているので、地下鉄やバスに乗って座れないことは殆どありませんから、ゆったりと居眠りなどしながら移動します。


主人が腰を骨折した時に手に入れた平凡な杖を、今「転ばぬ先の何とやら」で使用している姿が、やけに老紳士の風格があって、そのうち私も老淑女になりたいと思ったりしています。

2016/10/29 09:18:32

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