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パトラッシュが駆ける!

終局の美学 

2016年12月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「いやー、うれしいなー」
F氏ときたら、手放しの喜びようだ。
「うれしい」を、何回発しただろう。
「今夜は、美味い酒が飲めるぞー」
私に勝って、有頂天になっている。

F氏が、私のサロンに顔を出すようになって、半年が過ぎた。
確かにその間、一回も私に、勝っていなかった。
無理もない。
手合い違い、つまりハンディが適正でないからだ。

碁打ちは、誰もそうだが、石を多く置きたくない。
つまり、ハンディを多くもらうことに、抵抗あるいは、屈辱感がある。
そのくせに、負ければ悔しい。
二律背反とは、このことだ。
背伸びをして、しかも勝ちたいとは、欲張りなのである。

「二子でお願いします」
F氏は、いくら連敗しようと、この手合いを変えようとしなかった。
私も強いて、求めはしない。
F氏には、心に期するものがあったようだ。
二子で、何時か勝つ。
きっと、勝ってやる。
その日を夢見て、日々研鑽に励んだのかもしれない。

その努力の甲斐があり……と言いたいが、実を言えば、
彼が勝ったのは、私の方に原因がある。
例によって、高をくくっていた。
その挙句に、私が見損じをやってしまった。
自分から、土俵を割ったようなものだ。
それでも尚且つ、この喜びようだ。
この一勝を、彼がどれだけ、望んでいたかが分かる。

但し、厳しいことを言えば、ここに彼の人間性が、見えなくもない。
敗者を前にして、喜びをあらわにすることは、
囲碁、将棋においては、はしたないとされている。
テレビ棋戦を、見たことのある方は、ご存知であろう。
対局後に、饒舌なのは、敗者の方だ。
勝者はおおむね、押し黙っている。
どうかすると、うな垂れていたりする。
だから、初めてプロの棋戦を見た人の多くは、勝者と敗者を、
見違えてしまう。

囲碁将棋ばかりではない。
相撲、柔道、剣道など、日本古来のスポーツでは、礼を重んじる。
かつて朝青龍という横綱が、勝負の後の土俵上で、
ガッツポーズをして、物議をかもしたことがあった。
敗者を目の前に、喜びをあらわにしない。
これが、対戦後の姿として、美しいとされている。

私が指導者として通う、小学校の囲碁将棋部においても、
腕白な男子がいて、勝負の後、大声を上げることがあった。
「○○に、勝ったぁー!」
叫んでは、片手を突き上げる。

その日の活動終了後、私は全員を前に、訓辞を垂れた。
「囲碁将棋は、この国に古くから伝わる、伝統ゲームです。
礼儀を重んじています。
ガッツポーズは、野球やサッカーならいいですが、この教室では、
やってはいけません」
二十人ほどの部員が、神妙に聞いている。
私はこれでも、その教室に限り、先生なのである。

以後、私達の教室で、ガッツポーズはなくなった。
子供は、マナーを知らない。
しかし、教えてやれば、それは、身に付くのである。

F氏は、大の大人だ。
そんなもの、とっくに身に付いていると思っていた。
しかし、見込み違いであった。
子供のように、はしゃいでいる。

 * * *

マナーに無知な大人が居る。
さりとて、彼らに逐一、訓辞を垂れるわけには行かない。
仮にも、大の大人なのである。

私は、サロンの中に、張り紙をした。
「必ずしましょう、三つの挨拶」と朱筆で書き、次の三行を黒字で書いた。
「お願いします」
「負けました」
「ありがとうございました」
これ、対局前と後の挨拶である。
小学校のクラブ活動では、これが黒板に、貼り出されている。
だから、子供達はおおむね、この挨拶が出来る。

私のサロンにおいて、出来ないのは、一部の大人である。
子供にかこつけて、大人を教育しようと思っている。
しかし出来ない。
挨拶もろくに出来ない大人が、何人もいる。
F氏もその一人だ。
半年通って、その張り紙を、どう思っていたのであろうか。

かくなる上は、私にも考えがある。
挨拶の出来ない大人には、見本を見せてやるよりない。
対局後、私は「ありがとうございました」を言い、深々と頭を下げる。
勝った上で、尚且つ頭を下げる。
これが囲碁将棋のマナーだ。

しかし駄目だ。
出来ない大人は、何処まで行ってもだめだ。
私の丁重なる挨拶にも、「あー」とか「うー」としか、返せないでいる。
それでいて、勝たせるとうるさい。
満面の笑みを通り越し、破顔大笑に至ったりする。

こりゃ、ダメじゃ……
こんな奴らに、誰が花を持たせるものか……
私は、闘志を燃やし、彼らに対するようにしている。
相撲で言えば、気合を込めて、土俵際まで追い詰め、
尚且つ慎重に寄り切っている。

それ見ろ、その後、F氏には、負けていない。
だれが勝たしてやるものか。
あの破顔を見たくない。
客に対し、大人げないとは思いつつ、私は勝つことに、執念を燃やしている。



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せめて一週間

パトラッシュさん

まいにちげんきさん、
朝青竜は、多くの相撲ファンから、顰蹙を買いました。
私もその一人。
去ってもらって、清々したところがあります。

囲碁を習われたのですか。
二三日とは、残念。
先生の教え方が、よくなかったかもしれません。
本当は、女性の感性に合った、楽しいゲームなのですがね。
お近くなら、私が手ほどきして、差し上げるのですが……

2016/12/11 12:20:18

緊張感

パトラッシュさん

彩々さん、
そうなのです。
平静を装っていても、内心は、子供のようなものです。やはり、勝ちたいのです。顔で笑っていても、心では「あん畜生め」と、思っているのです。

お父様が囲碁好きであられたことは、以前にも、伺いました。立派な碁盤を、持っておられたことも。
今も残っていれば、良い記念になったのですがね……

お父様はきっと、マナーは心得ていたはずです。
(昔の人ほど、その美意識は、強かったですから)
対局時の、人を寄せ付けぬ緊張感、あれはあれで、
良いものです。
(子供には、理解しがたかったでしょうけれど)
普段、穏やかなお顔の彩々さんだって、人の運命を占う時は、その目が鋭くなることでしょう。
囲碁も、そんなものです。

2016/12/11 12:11:35

バンザイ

さん

朝青龍、勝ち星あとに相手を更に押し込めの一手、あれは日本人ならあり得なかった。碁盤上での勝ち負けの礼儀作法、武士道にも通じるものがありますね(って忠臣蔵を見た余韻かな..笑.)因みに私は囲碁を教わりかけた二日三日でギブアップで、ガッツポーズどころかバンザイですf(^_^;

2016/12/11 09:39:04

つづきです

彩々さん

なるほど! 
私の60年来の「不思議な世界」が解けました。

↓(シシーさんへのコメ)の
  「武士道の名残りかも」

そうかも・です。
 
うちの父もこのパトさんの「終局の美学」に
拘っていたのだと、納得させてもらえました。

2016/12/11 07:26:26

なるほど…

彩々さん

パト師匠、お早うございます。
「終局の美学」を読ませていただき
失礼ながら、パトさんもこのF氏も、
まるで子供の喧嘩のようでユーモラス
です(笑)

でも、時を忘れ、肩書も忘れ、目の前の
敵と一戦を交わす空気を漂わせる風景。

私が娘時代、たまに家で碁のお仲間が
いらして、居間を独占して碁を指して
いた父を思い出しました。

着物姿で正座して、背筋を伸ばして
小さな碁盤を挟んだ二人の男性たちを
見て、私はその傍を通る時、抜き足、
差し足だったのを思い出しました。

なんであんな難しい顔をして向き合って
いるのだろうと、想いながら…
殺気さえ、感じましたもの。

勝ったら勝ったの…負けたら負けたの
その時の父の表情を見て、子供ながら
そっとしていましたもの。
立ち入れない、可笑しな世界でした。

>勝った上で、尚且つ頭を下げる。
これが囲碁将棋のマナーだ。

        続きます。

2016/12/11 07:25:59

武士道の名残かも

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
外国で、長く過ごされた貴女には、信じられない風習でしょうね。
もしかしたら、我が国だけ、そして伝統ゲームの世界だけかもしれません。

素直に感情を表す。
これが世界のスタンダードですから、日本の「奇習」も、何時まで持つか、わからないです。

囲碁将棋には、終局後に「感想戦」というものをやるのが恒例です。
こう打ったら、結果はどうなるか……
実戦とは別の手を、研究するのです。
敗者は、敗因を探ります。
もちろん、今後のためにです。
後悔もあり、敗者の喋る量が、勝者より、多くなるのが、自然の成り行きです。

「そう来られたら、こっちが負けていたかも」
勝者は、負けて悔しい相手に、感想戦では、花をもたせてやるのが普通です。
もしかしたら、これは、昔の武士道に由来するのではないかと、思ったりもします。

2016/12/10 20:02:28

敗者は・・。

シシーマニアさん

色々な局面で、敗者体験をした者にとっては、「敗者は黙して語らず」という言葉の方が、重みを感じるのですけれど・・。

敗者は結局、自己責任ですし・・。

次の機会に向けて再出発するのが敗者、だと思っていました。

喜びを表現するのは勝者の特権、と思っていたのは、勝者体験が少ないが故かも知れません・・。

2016/12/10 19:33:21

国際化の波の中で

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
囲碁将棋を知らない人は、テレビ棋戦の終局を見て、皆さん驚きます。
世の中の常識とは、大分違うからです。

しかし、この美風(少なくとも私達は、そう思っているのですが)も、何時まで続くでしょうかね。
「素直な感情表現」が、尊ばれる時代ですから。

柔道、剣道、弓道……
道の付くものは、皆、礼儀を重んじたのですが、国際化が進むと、そうも、言っていられなくなるかもしれません。
単に、相手を打ちのめすだけ……という競技には、なってもらいたくないのですが。

2016/12/10 15:23:06

敗者への思いやり

吾喰楽さん

おはようございます。

確かに、プロの対局は、負けた方が饒舌で、勝者はしょんぼりしていますね。
Eテレで、囲碁番組を観始めた頃は、不思議に思いました。

相撲では、日本人力士でも、極めて控えめですが、ガッツポーズをする人がいますね。
外国人力士に多い、ダメ押しも見苦しいですね。

私は、中高生のとき、二年ほど柔道を習った経験があります。
「投げた後、手を離すな」と、教わりました。
むしろ、手を引くようにします。
そうすると、相手に対するダメージが、少なくなります。

2016/12/10 09:40:40

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