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新日本風土記「北酒場」 

2017年02月13日 外部ブログ記事
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 先日、福島第一原発2号機なるものから、核燃料が溶けたデブリらしきものが発見され、
その映像が各メディアによって映し出された。今年の3月で事故から7年目のことになる。
それまで想像でしかなかったデブリなるものの存在。それは、凄まじいまでの放射能を
放っている。

 映し出された映像は、原子炉の格納容器の厚い壁を突き抜けて原子炉の底に流れ出した
ものの不気味な姿だった。

 福島第二原発の内、2号機だけは唯一水素爆発をしなかった。理由は良く分からない。
しかし、核燃料棒が溶け始めたときに大量の水素が発生していることは、デブリの存在を
確認できたことから容易に推測できる。建物から水素が抜けていく場所があったのだろうか。

 さて、こうした凄まじい原発事故跡で、今も後片付けをしている人達が大勢いる。そして
今回のように炉心近くまで入り込んで探査している人達も大勢いる。しかし、こうした人達の
姿は遠くからしか見ることが出来なかった。ましてや生の声を聞くことなど出来なかった。

 しかし現実には、こうした場所で大勢の人達が放射能にさらされながら非常に厳しい環境で
仕事をしている。そうした人達の生の声を聞くことが出来たのが、今回放映されたNHKの
新日本風土記「北酒場」という番組であった。

 番組の大半は、しばれる雪深き日本各地の街の様子や酒場を取材したものであった。母と娘が
経営する小樽のスナックもあった。かつて鉱山の街として栄えたという街では、今も細々と着物姿の
ママが客を待っていた。酒場の温もりを求め、しばれる夜道を毎日のように徒歩で通ってくる
男性客もいた。侘しくもあり心温まる北酒場の姿が映し出されていた。

 そして、この番組の中で放映されたのが、福島第一原発からわずかに二十キロ離れた場所に
あるスナックであった。ここへ来る地元の人の姿はわずかばかり、大半は原発で働いている
労働者達であった。 

 北海道に愛する家族を残し、出稼ぎに来ているという男性のインタビューは、いかにも
わびしいものであった。みんなお金のためにここへ来ている。危険手当が支給される。
そうした人達は子作りが終わった男達。やはり放射能の影響は少なくないのだ。そうした
危険を伴う現場で、まさに命がけで働いている人達がいると言う事実を見失ってはいけない。

 あの凄まじい水素爆発を見たときに「ああ、この現場はこれからどうなるのだろうか、
誰が原子炉の暴走を止めるのだろうかと正直思ったものであった。爆発に伴って放出された
放射は、関東方面まで拡散し、広大な土地を汚染してしまった。

 やっと構内の放射能値も落ち着いて来たらしい。とは言いながら、一歩建物の中に入れば
凄まじいばかりの放射能である。

 こうした中で今も働いている人達がいる。あのチェルノブイリの原発は、誰一人として中へ
入る者はなく、石棺と呼ばれる建屋で覆われたままである。しかし、福島では今も危険を承知の
上で働いている人がいる。そうした人達は、私達と同じように遠く離れた家族のことを思い、
寂しさを忘れるために酒を飲み一時の安らぎを求めている。言わば普通の生活をしている人達の
姿だった。

 今まで、こうした人達の話を聞く機会がなかっただけに何となく心に残る番組であった。
どのマスコミも原発については正面から取り上げようとはしない。そんな風潮の中にあって、
心憎いNHKのアプローチであった。

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