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パトラッシュが駆ける!

水辺に来た馬 

2017年07月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

男は、サロンに入るや、手近な椅子に、どっかと腰を下ろした。
「足が悪いもんで……」と、奥さんが言っていた通りだ。
彼は、何処へ行っても、座れるところがあれば
「どうぞ」の声も待たずに、腰を下ろすのでは、あるまいか。

八十二歳にしては、髪が黒い。
そして、量もある。
さらに言えば、眼光も鋭い。
「碁をやったのは、三十年も前のことです」
繰り返し言う。
だから、自信がないという意味であろう。

「碁は、頭脳ゲームと思われがちですが、実は、水泳や自転車と同じです。一度やれば、身体が覚えています。
実際に、石を置いてみれば、すぐに勘は戻ります」
私は、彼を励ましつつ、実は、想像で、ものを言っている。
私には、三十年のブランクを経て、何かを再開した経験がない。

一方で、切り捨てたものは、たくさんある。
登山、釣り、パチンコ、麻雀、競馬、畑作り……
次々に、道楽を替え、生きて来た。
遊びっ放し、道楽三昧の、人生だったとも言える。
その中で、残ったのが囲碁だ。
これだけは「七つ下がりの雨」となり、この人生において、
とうとう、止むことがなかった。
近年は、商売をリタイアし、たっぷりと自由があるだけ、始末が悪い。
遂には、囲碁サロンまで開いてしまった。

他の碁会所と、同じことはやりたくない。
そこで客層を、初級者、級位者に絞った。
「誰でも最初は初心者だった」「お気軽にどうぞ」
こんなコピーを、店頭に掲げている。
これを見て、初心者が来る。
「昔取った杵柄」も来る。
目の前の客も、その一人だ。

昨日のことであった。
奥さんが、一人来て、サロンの戸を開けた。
これを「先遣隊」あるいは「偵察」というかもしれない。
「主人が家に籠ってばかりいます。
それで、碁をやらせたいのですが」
よくあるケースだ。
というより「またか……」である。
世相を表している。
リタイアしたものの、やることがなく、家に引きこもっている男。
これがもう、世の中には、掃いて捨てるほどに居る。

悩み深いのが、家族だ。
うちの粗大ごみを、何とか、日の目に当らせたい。
「昔やったことあるの?…… 囲碁を?……
だったら、また、やればいいじゃない」
女房の勧めに対し、素直に頷く亭主は居ない。
やる気のある男なら、とっくに自発的に、行動を起こしている。

それでも、女房の度重なる勧めに、ようやく重たい腰を上げた。
上げただけ、大したものだ。
実を言えば、偵察は行われたものの、それきり。
本人は、一向に到着しない。
なんていうケースが、ほとんどなのである。

「とりあえず、一局打ってみましょうか」
「いえ、今日は、その気になりません」
じゃあ、何時ならその気になるんだと、つい突っ込みたくなる。

「三十年前の、棋力はどのくらいで?」
「日本棋院の、初段の免状をもらいました」
「そりゃ、大したものだ」
と持ち上げつつ、しかし私は、その免状と言うものを、
ほとんど信用していない。
もっと言えば、ただの紙切れとしか、見ていない。

囲碁の総本山とは言え、日本棋院とて、霞を食って、
生きているわけではない。
収入が欲しい。
その収入の中で、大きなウエイトをしめるのが、免状発行料だ。
例えば、初段なら三万円。
紙一枚で、安くない金が入る。
これを、ぼろ儲けということも出来る。

免状を、多く発行したい。
となると、段位の認定は、どうしたって、甘くなる。
免状を欲しがる、アマチュアの心理と相まって、
推薦が濫発される。
その結果として、免状に権威がなくなる。
「俺は、初段の免状を持っている」
と当人は言うけれど、実力は五級。
なんてことが、しばしば起きる。

「碁盤と碁石がおありでしたら、ご自宅で、自習なさるといい」
「碁盤はあります」。
男は、サロンに置いてある、私の碁盤に目をやった。
「これより、もっと厚い」
両手でもって、その厚さを示した。
「ほう……」
私の碁盤が六寸。
ということは、七寸あるいは、八寸であろうか。

「百五十万しました」
「ほう……それなら、それを活用されたらいい」
「軽井沢の、別荘の方に置いてあるもんで」
これには、さすがの私も、叫びたくなった。
三十年間、退蔵されていた、百五十万円の碁盤。
あんた、一体、何様だ。
何を考えてるんだ……と。

男は、名刺を出した。
「○○大学賛助商議員」「校友会賛助代議員」「××区校友会名誉会長」
有名私大の名を冠した肩書が、三列に渡り、連記してある。
彼に、栄光の日々があったと推察される。
「こんなことも、やってます」
さらにまた、別の名刺を出した。
NPO法人「東京都*****協会」会長とあり、
その頭の部分にペンで「元」と書いてある。
ご立派な経歴の方なのである。

「ここなら、歩いて来られるでしょ。
ねえ、やってご覧なさいよ」
付き添いの奥さんが、横から、頻りに言う。
彼女だって、必死であろう。
亭主が、引き篭もりを脱するか否か、その瀬戸際だ。
藁をも掴む思いで、亭主をここに、連れて来たに違いない。

しかし、私の方はもう、その気がなくなっている。
言ってやった。
「馬を水辺に、連れて行くことは出来ます。
しかし、馬に水を飲ませることは、出来ません」
暗に、私は無理に、囲碁をお勧めしませんよと、言ったつもりだ。
これを、どう解するかは、彼の自由である。

 * * *

あれから、一週間が経つ。
彼は来ない。
奥さんも来ない。
この先も、きっと来ないであろう。

彼の人生には、輝かしい日々があった。
その栄光の過去が、今の彼の、足枷となっている。
と言う風に、私は想像をしている。

今さら、他人に頭を下げたくない。
教えを乞うことは、屈辱以外の何物でもない。
だから、家に籠っている。
人と接することなく、日々を過ごしている。
という風に、私は見ている。

彼は来ない。
絶対に来ない。
何なら、賭けてもいい。
一万円、賭けてもいい。
しかし、賭けの相手に、なってくれる者が居ない。
これが、残念でならない。



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その道その道で

パトラッシュさん

漫歩さん、
面打ちに焼き物ですか。
いいご趣味に出会われましたね。

リタイア後のギアチェンジが、上手く行く人、行かない人が居ます。
漫歩さんは、スムーズに行った、見本のようですね。
過去の栄光を、引きずっている人は、まずダメです。その典型例が、私のサロンに現れたというわけです。

2017/07/09 06:45:30

リタイヤ

漫歩さん

パトラッシュさん、私は会社という組織をリタイヤしたあと「面打ち」と「焼きもの」のカルチャー教室に入りました。
先生は社会的には職人と言われる方で、教えた通りにならないと粗っぽく叱ります。
でも、何れも全く未知のことを教えて貰うのですから、歳も過去の過ごし方も関係なし。只々素直に謙虚にと自分に言い聞かせました。
そして、そんな気持ちがとても新鮮でしたね。

私は偶々気持ちの切り替えに成功しましたが、中にはそれが難しいらしく、辞めた方も結構居ました。先生との関係のほか仲間との人間関係がうまくゆかずに辞めた方もいました。

パトラッシュさんの傑作を読みながら、リタイヤした初老の人間心理の厄介な面に思いを寄せました。

2017/07/08 22:01:57

引き籠りは

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
私のところは、一階に囲碁サロンを設け、三階を住居にしてあります。
私は、日中のほとんどを、囲碁サロンにて過ごしております。
(書斎を兼ねていることもあり)
妻と顔を合わせるのは、三度の飯の際くらいです。
これは、当初から計算したわけではないのですが、結果的には、
双方の、精神衛生上、大変よろしいことになっているようです。

リタイア後の人生の、必ずしもスムーズに行っていない男性を、
多く見かけます。
趣味がなく、人に頭を下げるの苦手……と言ったような、
共通項があります。

今回の男性も、在職在任中の地位の高さが災いしているようで、
未知の人と融和することが、難しいようです。
私の力では、どうにもなりません。
奥様の御苦労たるや……
察するに余りあります。

対するに、女性の方が、処世の術に長けておりますね。
「引きこもり」は、男性の方が、圧倒的に多いです。

2017/07/08 16:24:37

師匠のお宅は、例外ですが

シシーマニアさん

これは、奥さんがお気の毒ですよね。

何時も家に居る、旦那さま、って。
奥さんの生活が、どれだけ束縛されているか・・。

食事にしたって、朝夕に加えて昼食も、となると外出しても帰宅時間に縛られるでしょうし。


我が家も、主人が退職したらどうなるかと、戦々恐々でしたけれど、主人は見事に病を得てしまいました。
病人となると、こちらの気持ちが違いますものね・・。

旦那様は、好きなだけお家に籠もって、昔日の栄光に浸って居れば良いですよね。

奥様に、迷惑さえかけなければ・・。

2017/07/08 13:23:47

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