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パトラッシュが駆ける!

鮭 切ります 

2017年12月30日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「おたくに、出刃包丁がありますか」
「そりゃ、元金物屋ですから」
「お願いが、あるのですが」
「人殺しだったら、お断りしますが」
「やあねえ。実は、新巻き鮭をもらったんですが、うち、出刃がないんです」
「お貸ししますよ」
「でも……私、力ないし……」
「旦那が居るでしょ」
「だめなの、そういう事、一切出来ない人なんです」
「そりゃ、困りましたね」
「そちらで、切って頂けないかしら……」
こんな時、私は、相手が女性だと、すぐに色よい返事をしてしまう。
「いいですよ。お持ち下さい」
女性にもてたい、よく思われたいという、助平心が、常に私の心の底にある。

昔はこんな場合、魚屋に頼んだものだ。
事情を話し、魚を持参する。
もちろん有料だが、魚屋も快く、さばいてくれた。

しかし、その魚屋が減っている。
この町に、営業している店が、有るだろうか……
思い巡らせてみても、にわかに浮かばない。
よく考えれば、一軒もない。
ということは、全滅ではないか。

同じく「屋」の付く、金物店は、まだわずかに残っている。
金物は、朽ちず、腐らず、始末するにも、時間がかかる。
そこへ行くと、魚は足が速い。
日々の勝負だ。
閉店にも、さして、手間ひまはかからなかったであろう。

消費者の購買動向が、すっかり変化してしまった。
肉や魚は、スーパーで買うもの……
という考えが、一般化してしまった。
「屋」の付く商売が、軒並み衰退している。
全ては、消費者が決めたこと。
そういう時世と思うよりない。

 * * *

箱に大きく「特選新巻鮭」と書かれ、横に小さく
「○○水産高校食品コース実習製品」とある。
高校生が、実際に出漁し、漁獲したかどうかは、わからない。
実習の一環として、鮭の身を裂き、製品としたに違いない。

「実は、主人の弟が、○○水産高校の校長をやってまして」
その縁で、送られて来たものだと、T子さんが言った。
「なら、間違いないでしょう。彼らは勉強の一環で、やっているわけで、
採算は度外視、粗悪なものを、作る訳がありませんから」

と言いつつ、しかし、困ったものだ。
水産高校の校長が、魚をさばけないわけがない。
その兄貴が、出刃を持ったこともないと言う。
魚食民族ニッポンの名が、泣くではないか。

先ずは、エラに添い出刃を入れ、頭を落す。
中骨に添い、包丁をかすかに上下しながら、移動し、身を二枚に下ろす。
カマから、切り始め、厚さ二センチほどの、切り身にして行く。
骨を切断するのに、少し力が要る。
でも、難儀するほどの、ことでもない。
たちまち、三十枚ほどの、切り身が出来た。
この間十分、あっけないくらいだ。

魚体に、脂の乗っていることが、切っていてわかる。
指から掌から、しっとりと潤うからだ。
甘塩であることもわかる。
塩の一粒たりとも、魚体に浮いていない。
見事なまでに、きれいな魚だ。
私は、素人ながら、そのくらいのことはわかる。

 * * *

「切り終りました」と、知らせてやったら、T子さんが、
大きな密封容器を手に、引き取りに来た。
「先生、半分取って下さい」
「要りませんよ、うちは、二人所帯だし」
押し問答の末、結局十切れ程を、頂戴することになった。
頭と尻尾、そして、鰭が残っている。
これを、アラと言う。
「酒粕を使ってね、三平汁にすると、うまいですよ」
「いいです。要りません。先生のところで、なさって下さい」
これ、今時の主婦の通弊だ。
切り身、刺身以外は、食べる習慣がない。
鮭の頭なんて、グロテスクだと思っている。
アラ汁(三平汁もその一つ)なんぞ、作れるわけがない。
結局、私のところで、引き受けることとなった。

「これ、どうぞ、お飲みになって下さい」
T子さんが、一升瓶を差し出した。
熨斗紙が貼られ「お歳暮」と書いてある。
つまりは、鮭の切り賃という意味であろう。
T子さんの帰った後、包装紙を解いてみたら「八海山」であった。
私の常飲酒である。
偶然ではない。
T子さんが、隣の酒屋で、尋ねたに違いない。
「お隣の先生の、飲むお酒はどれですか?」と。

その夜の酒の、美味かったこと。
鮭は薄塩で、よく脂が乗っている。
その身の赤色が、やけに鮮やかだ。
こんなことなら、毎日でも切ってやる。
世の中には、出刃を持たない世帯が多い。
新巻きを送られ、困惑している、その様が、目に浮かぶ。

「新巻き鮭切ります」
いっそ、こんな張り紙を、サロンのガラス戸に、掲げてもいいいかなと、
酔った勢いで思っている。



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男のサガです

パトラッシュさん

漫歩さん、
男は幾つになっても男。
灰になるまで、助平なのです。

今年もよろしく……

2018/01/02 17:50:15

今年も楽しませて下さい。

漫歩さん

ー 女性にもてたい、よく思われたいという助平    心が、常に私の心の底にある ー

ニヤニヤしながら納得。同志は居れり。(笑)

2018/01/02 12:45:43

習うより慣れろ

パトラッシュさん

Reiさん、
房総名物は、アジのなめろうです。
作れますよね!
なぬ、出刃がない!
困った人だぁ……
今度、実演して、見せて上げましょう。
そう、喜美さん宅がいいかも……

2017/12/30 19:14:18

師匠!

Reiさん

今度からは、「新巻き鮭切りの師匠」と呼ばせていただきます(^_^;)
海の近くに住んでいながら、そんな親切な魚屋さんを知らず、切り身ばかり買っています(≧∇≦)

2017/12/30 17:42:33

北海道即ち鮭の本場ですものね

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
鮭料理は、お手のものでしょうね。

私が、三平汁を初めて食したのは、新婚旅行で、北海度に行った時でした。
美味かったです。
以来、自宅でも作るようになりました。

金物屋は、さまざまな道具を販売しております。
お客さんから、尋ねられた時に、的確に答えなければなりません。
それで、道具はなるべく、実際に使ってみることにしていました。
出刃もその、ひとつ。
いつの間にか、慣れました。

2017/12/30 13:19:18

我が家の出刃包丁は

シシーマニアさん

結婚した年の暮れ、北海道の主人の祖母から荒巻が送られてきました。

たしかその時に購入したものだと思います。

北海道の鮭もとても美味しくて、焼いたり三平汁にも、鮭フライも作りました。

やはり、我が家でも出刃包丁の使い手は主人で、最近はもっぱらタラバガニを捌くのに使っていました。

シニアの一人暮らしでは、師匠のサロンの扉を叩きたくなります・・。

2017/12/30 11:18:44

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