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パトラッシュが駆ける!

山荘の Yesterday once more (前) 

2018年03月31日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

伊東駅前に着いた。
降りようと、ドアを開けたが、縛り付けられたように、
この身が動かない。
それもそうだ。
シートベルトを外していない。
私としたことが、もう、かなり、慌てている。

運転席で、先輩が笑っている。
別れの挨拶もそこそこに、改札口へと急いだ。
嗚呼しかし、目当ての「踊り子号」は、
今しもホームから去って行く。
汽笛も鳴らさず、煙も立てずに、粛然と遠ざかる。
まったくもって、近頃の電車と来たら、
情緒も何もありはしない。

さあ、どうしよう……
取りあえず、トイレだ。
今日は半日、ビールばかり飲んでいた。
溜まりに溜まっている。
いや、先輩の別荘を出る際にだって、放出はした。
それでも催すとは、いかに、摂取量が、
多かったかということだ。

「乗り損ないました。この特急券を、払い戻して頂けますか」
「次の踊り子が、三十分後に到着します。その自由席に、
使えますけど」
窓口の駅員が言った。
お待ちになったら、いかがでしょう……
私だったら、断然そうします……
とは言わないけれど、言いたげな顔で、私を見ている。
仕方ない。
泣く子と駅員には、勝てない。
私は、すごすごと、階段を上がり、特急乗り場へと向かった。

楽あれば、苦ありだ。
今日は、朝から、楽ばかりであった。
だから、こういうことになる。

滅多に見られない、桜を見た。
桜のトンネルが、坂の上へ上へと、続いていた。
何処まで行っても、淡いピンクが絶えない。
もしかしたら、この道は、
冥界へと繋がっているのではないか……
なんてことを、思いつつ歩いた。
三月ながら、暑い。
汗をびっしょりとかいた。

結局、冥界には至らず、私は車に乗せられ、次の目的地である、
先輩の別荘に向かった。
そこのダイニングキッチンで、昼餐を共にした。

先輩が音楽をかけてくれた。
カーペンターズが好きなのだそうだ。
私は、音楽に疎いから、その曲名も知らない。
伸びやかな女声が、エブリ シャララと唄っている。
小鳥の囀りのようだ。
エブリ ウォーウォー 
エブリシン ア リン ア リン
意味はわからないけれど、このリフレインだけでも、
この曲は、唄われる価値がある。

木々の間から、大室山が見える。
鉢を伏せたような、その山肌には、一木も見えない。
草ばかりの、特異な山である。
空が青い。
雲がゆっくりと流れて行く。
泰山木の葉が、風に揺れている。

これらを見ながら、昼酒を飲んだ。
肴は、スーパーで買った、惣菜である。
枝豆、ポテトサラダ、三パック九百八十円の、刺身などである。
だから「餐」とは名ばかり、実態は「食」それも、粗食である。

気が付いたら、何処かで、五時の時報が鳴っていた。
ざっと、六時間……よくも、飲み且つ喋ったものだ。
短歌、散文、出版、旅……
よくも、種が尽きないものだ。

帰りは、タクシーを呼ぶから、いい。
だから、もっと飲みなさいと言ったのに、先輩は、
いや、私が送るんだと言って、聞かない。
頑として、酒を控えていた。
だから、空けた缶ビールの、十本に八本は、
私が飲ってしまったことになる。

伊東駅まで、三十分もあれば着くだろう。
先輩だって、そう言っていた。
だから、ゆっくりと身支度を整えた。
こうと知っていたら、履いたスリッパを揃えるなんぞ、
しなかったはずだ。
先輩を急かせ、脱兎のごとくに、車置き場まで、走ったはずだ。

 * * *

「伊豆に来ている。泊まりに来ないか」
先輩から電話がかかったのは、三週間も前であった。
「前向きに検討します」
私は、何処かの官僚みたいな、答弁を返した。
ヒマな囲碁サロンの、その主ではあるものの、これで結構、
雑用もある。
生徒の来ない日はない。
出かけるとなれば、それらの、どれかを、
キャンセルせねばならない。

先輩は、月末には、伊豆を引き払い、八ヶ岳山麓に向かうと言っていた。
そうなのだ。
先輩は、関西にある自宅の他に、二つの別荘を持っている。
「いやぁ、プレハブの粗末な建物でね」
と言っていたけれど、これを真に受けてはいけない。
先輩一流の、韜晦である可能性が、多分にある。
その実態を、確かめねばならない。
「水曜日、日帰りで行きます」
返事をしたのは、二日前のことであった。

気になるのは、建物もさることながら、その暮らしぶりだ。
いい歳した男が、一人で一ヶ月もの単身生活を送る。
私の出来ないことを、先輩がやっている。
その実態を、この目で確かめたい。
私の旅の目的の、その根っこには、いつもこの好奇心がある。
これを、野次馬根性と言ってもいい。

来て見たら、やっぱりだ。
工法がプレハブというだけで、内装、外観共に、
洒落た、2DKではないか。
夫婦が、立派に永住できそうではないか。
これだから、油断ならない。
私はいつも、先輩の「とぼけ」にやられている。
                  (次号に続く)



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貧乏ヒマなしで……

パトラッシュさん

漫歩さん、
スケジュールが詰まっており、敢えて日帰りにしました。
天下の伊東温泉へ行き、ビールを飲んだだけで、帰って来るなんぞ、多分、私だけでしょうね。

2018/04/01 19:04:22

次回を期待して

漫歩さん

日帰りは忙しなかったでしょう。
それにしても、パトさんはフットワークが軽いですね。感心しています。

2018/04/01 11:27:05

矍鑠として

パトラッシュさん

喜美さん、
お友達は、伊東から沼津まで、通学ですか……
(びっくり)
一碧湖も、よいところですね。
楽しい青春時代を過ごされたようで、結構なことです。

喜美さんは、大丈夫。
認知とは、無縁の方です。

2018/03/31 15:34:55

ビールっ腹となりました

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
ご家族で、良い旅をなさいました。
大室山は、低山ですが、特徴のある山ですね。
眺望の良いことは、もちろん……

カーペンターズには、おっしゃるように、ウイスキーが合いそうです。
しかし残念、在庫がありませんでした。
六時間もの間、ビールばかり飲んでいました。
(先輩の、車の運転のこともあり)
不思議に、飽きませんでした。

2018/03/31 15:28:21

別荘とは

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
大室山の周辺は、どうやら、一面の別荘地帯のようです。
オーシャンビューとは、それはまた、素晴らしい。
それも、数日間とは……

私は、慌ただしく、日帰りでした。
伊東に行ったというのに、温泉にも入らず、海鮮料理も食わずに……です。

但し、一つ気付いたことがあります。
別荘とは、所有するより、所有している友人を持つ方が、気楽だということです。
内情を聞いて、そう思いました。

2018/03/31 15:21:42

大室山

喜美さん

私の仲良しの友達(わざわざ伊東から
沼津の中学に来ていた)彼女と一碧湖
に行ったり大室山に行ったりしました
昔々の話です今彼女認知になり何処か施設に入っているみたいです 明日は我が身 此れだけはわかりませんしね

2018/03/31 10:36:06

最初で最後の

吾喰楽さん

我々と息子夫婦の四人で行った、最初で最後の旅行が伊東温泉でした。
二日目、リフトで大室山の山頂へ行きました。
本当に草ばかりで、木が一本もない不思議な山ですね。

私も音楽に疎いですが、カーペンターズは大好きです。
彼らには、ウイスキーの水割りが合います。
神田駅南口のガード下にある、バーに通った時期があります。

私も、師匠の文章を読みながら、追憶にふけりました。

2018/03/31 10:06:02

拝読しながら・・。

シシーマニアさん

先輩の別荘?

八ヶ岳に別荘のある先輩、のエピソードは覚えがあるけれど、伊豆に別荘持ちの先輩もいらしたのか・・。

読み進んでいくうちに、段々背景がつかめてきました。

同じ方、だったのですね。

これぞ、小説を読む楽しさです。


大室山に近い別荘を持つ友人宅に、私も泊まった事があります。

彼女の家は、まさにオーシャンビューで、楽しい数日間を過ごしました。

もう一人の友人と三人で、大室山へはロープーウェーで登り、火口跡の山道も歩きました。

師匠の文章を読みながら、追憶にふけりました。

2018/03/31 09:16:23

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