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日々徘徊〜♪

「靖国が消える日」の真意 

2018年07月22日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52443

3年ほど前まで、つまりは2014年まで、東京には「みたま神社」という神社があった。
毎年夏、ちょうど新暦のお盆の頃、「みたま神社」では大規模な祭が行われた。長くまっすぐに伸びた幅の広い参道には200もの露店が並び、そこには、20歳前後の若い女性たちが、ゆかた姿や露出度の高い服装で大挙してやってきた。
若い女性がいるなら、当然、若い男性も集まってくる。東京で、これだけ若い男女が多く集まってくる祭はほかになかった。若者たちは、友だちと連れだってこの祭を訪れることを楽しみにしていた。

と・・読んでみますと
大阪の私の描いていました靖国神社のイメージは
崩れました。

ほぉー
これなら京都の二年坂三年ざかを 歩いているような雰囲気。
まして京都は外国人まで浴衣を着て シーズンでは
舞妓さんに化けたり・・・出店はなくともまるで毎日が
お祭りのように思います。

またいつから靖国はこのような出店を・・。

今日初めて TV 番組{言って委員会}で
知りました。
なるほど ここは墓地でも何でもない
普通の神社 御霊をまつるだけの神社
でなぜ変わったのかは
「討幕の志士の神社」の宮司に徳川将軍の子孫が・・・
…昔 大政奉還で 江戸幕府は滅びた。
ならば敵なのに よく宮司になれましたね。

この様な徳川の位の高さは続いています。
その点織田信長の子孫は スケートのあの人
やはりどこか 一般の人とは違う人が
生まれてくるのですね。織田信長のイメージが
この人で狂いましたヮ。(>_<)

これは本当に不思議。
では 今後自衛隊の海外派遣で
もしも不慮の事故 つまり戦いで亡くなられた人は
靖国へ そうでない 自殺や事故などでは
祀られないそうですよ。
さて
東京では 靖国でないと
お祭り気分になれなかったというのが
これまた初めて知れました。
若者はやはり発散するところがいるのですね。
だからW 杯で渋谷の交差点ですか・・。
大阪は戎橋から汚い川へダイブ あほや

まずお祭りって参加して面白いもの
お酒を飲んで器物を損壊や喧嘩は痴漢は
止めたほうがいい。
ここは神社 特別な神社や
静かなほうがいい。

もう参拝される方も年々減ると思います。
そんな時代でなくなりました。
英霊も びっくりでしょうね。

宮司が変われば 今風に変わってしまうのでしょう。
ほんと家康もびっくりやね。
まさかの天皇関連にとは・・。
そんなこと
まったく知りませんでした。

西南戦争の戦死者 など藩で亡くなった人も
同じ日本人。 靖国には入れないとか・・
やはり別に英霊の墓地を作るべきですね。
さすれば隣国にやいのやいのと言われなくて済む??

宮司で変わるだけで こんなに変わるのなら この先
変わることはあり得ますね。



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