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パトラッシュが駆ける!
続・名人のサイン
2018年11月24日
テーマ:テーマ無し
M小学校において、本日、学芸会が行われ、孫が出演すると聞いた。
「おれ、チョイ役だから、来なくてもいいよ」
とは言ったけれど、私も祖父の端くれ、家族愛を示すため、
断固として行った。
今時の学校は、不審者を校内に入れまいと、
神経をとがらせている。
校門に、ガードマンが突っ立ち、来校者を、チェックしている。
私は、自分を悪相とは思っていないが、
では、善人に見えるかとなると、自信がない。
先日も、夜道で、前を行く女性が、急に早足になったりした。
保護者用の、IDカードを借りて来てよかった。
これで人相に関係なく、校内に立ち入ることが出来る。
ちなみに、隣の学区にある、T小学校なら、
私は、いわゆる顔パスで、校門を通過することが出来る。
ガードマンとは、とうに顔なじみであり、
ついでに校長とも旧知の仲であり、それは私が、週に一回、
クラブ活動の、指導者として通っているからだ。
「先生、ご苦労さまです」
校長さんの方から、言ってくれる。
M小には、私を知る者が居ない。
受付に行き、ここで生徒名簿、六年二組の孫の名の横に、
○印を付けた。
○が多い者は、家族がたくさん来ている証拠であり、
空白の者は、誰も見学に来ていないということだ。
我が孫のそれには、既にして、四つの○が付いていた。
我が家は、家族愛に溢れた、一家と言うことになる。
「先生」
受付の女性から、いきなり呼びかけられた。
顔を上げると、そこに爽やかな笑顔があった。
意外や意外、M小にも、知人が居たことになる。
「やあ、泉美(いずみ)先生」
彼女の子が、そう言えば、M小の四年生だ。
PTAの役員として、彼女が受付を担当していて、
これは不思議でも何でもない。
「先日、インターフォンが鳴りまして、主人が出ましたら、
色紙を手にした女性が、立っていまして」
泉美さんが言った。
どうやら、T子さんが、名人のサインを求め、
張栩邸に乗り込んだらしい。
「年配の女性でしょ」
「そうです」
「私のところの、生徒です。失礼はなかったでしょうか?」
「大丈夫です。主人が、色紙を受け取り、
ちゃちゃっと書いて渡しました」
彼女は、この私のことを「先生」と呼ぶ。
これは、二人称代名詞のようなものだ。
一方で私は、彼女を「泉美先生」と呼ぶ。
同じく囲碁をやる者として、プロは尊敬すべき先達だ。
だから、文字通りの敬称ということになる。
「先生」と、互いに呼び合いつつも、その意味は、
少し違うことになる。
「よかった。先生のお知り合いとわかって」
泉美さんが言った。
これ、はしなくも、著名人の抱く、懸念を表している。
世の中は、性善説だけでは通らない。
名人の名の入った色紙は、囲碁将棋の世界では、垂涎ものだ。
偽計を用い、入手したそれを、
ネットオークションで売りに出す者が、居ないとも限らない。
サインを書く側は、その辺のところも、疑わねばならない。
「彼女は、七十を過ぎて、碁を始めました。
何とか打てるようになり、今は碁が楽しくて、仕方ないようです」
「いいですねぇ、そう言うお話って」
「頂いたサインは、きっと励みになることでしょう」
「よかったわ」
受付に立つ、他のお母さんらが、怪訝な顔で見ている。
もしかすると、彼女らは、知らないのかもしれない。
隣に立つ女性が、囲碁の世界において、誰一人知らぬ者のない、
女流棋士の強豪であると共に、張栩名人の夫人であることを。
* * *
「行って来ました。張さんのところへ」
数日後、T子さんが、私のサロンに現われた。
その顔がほころんでいる。
「首尾よく運んだようだね。泉美先生から、一部始終を聞いたよ」
「あらー、もう知ってたんですかぁ……」
バッグから色紙を取り出した。
なるほど「名人 張栩」の名が、墨痕鮮やかに書かれている。
その隣に「小林泉美」の名も見える。
「張さんって、良い人ですね。インターフォンを鳴らしたら、
当人が玄関を開けて、にこにこ笑いながら、出て来たんですよ。
訳を話したら、すぐに奥に引っ込み、奥さんの分も、
書いてもらってくれました」
「プロってえのは、ファンを大事にするもんです。
ましてや、あの夫婦だ。
私は、二つ返事で、書いてくれると思ってましたよ」
と、今だから言えるが、実を言えば、門前払いの可能性だって、
なくはなかった。
その時は、T子さんに、平謝りするつもりだった。
幸いに、私の顔が立った。
名人夫妻には、大いに感謝せねばならない。
* * *
T子さんと来たら、よほど嬉しかったのであろう。
額にでも入れ、飾っておけばいいのに、その色紙を、
あちこち持ち歩き、見せびらかしているらしい。
もちろん、囲碁関係の場へである。
「案外に、ミーハーなんだなあって、色紙を見た皆さんが、
あたしを、からかうんですよ」
「気にしなさんな。そう言う人に限って、本音は、
羨ましいんだから」
さらに言ってやった。
「手を拱いて居ないで、欲しいものを欲しいと言って、
取りに行った貴女がエライ。
ゴルフで言えば石川遼選手の、
フィギュアスケートなら羽生結弦選手の、
野球なら大谷翔平選手の、
テニスなら大坂なおみ選手の、
サイン入り色紙を、欲しくない人なんか、居ませんでしょ」
私だって、本音を言えば、名人の色紙は欲しい。
壁に飾れば、サロンの箔付けにもなるだろう。
しかし、痩せても枯れても、私にだって、プライドというものがある。
仮にも、先生と呼ばれる人間が、サイン一つにせよ、
こちらからねだっては、沽券にかかわると思っている。
ましてや、私は、張栩名人とは、面識がない。
なろうことなら、泉美先生が、夫君を引き連れ、
私のサロンに来てくれたらいい。
名人は、長幼の序ということもあり、席主である私を
「先生」と呼ぶだろう。
きっと呼ぶ。
この際、二人称代名詞でも、何でもいい。
一方の私は、単に「張栩さん」と呼ぶ。
そして「やあ、いらっしゃい」と言う。
それはさぞ、気分のよかろうことと思われる。
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宿舎とは、
タンポポ@さん、
選手のサインをもらうには、絶好の位置に居たわけですね。
田村選手、覚えております。
あふれんばかりの気迫と、コントロールが身上のピッチャーでした。
故障がなければ、もっと活躍できたでしょうに……
2018/11/24 16:24:58
好感度
漫歩さん、
名人夫妻の、腰の低さは、つとに知られるところです。
斯界では、雲の上の人ながら、少しも偉ぶることがない。
これは、傍で見ていても、実に気持の良いものです。
2018/11/24 16:15:59
色即是空
シシーマニアさん、
サインを求めない……
そこに価値を感じない……
というのは、写真を残さないと同じく、形而下のものに、執着しない、一つの見識だと思います。
ご立派です。
凡人は、そこまでの割り切りが、容易に出来ません。
それにしても、私の知人は、多種多様だなあ……
との思いを新たにしております。
2018/11/24 16:12:07
サイン
こんにちは(*^^*)
25年ほど前、甲子園球場近くのマンションの
管理人のおばちゃんでした。当然タイガースの
選手が何人か住んでいました。
当時人気だったストッパーの田村勤選手の
サインをもらいました。
2018/11/24 11:37:50
誠実なサイン
子供の頃を含めてサインを貰ったことがありませんが、 この張栩名人のサインはいいですね。絵がユニークです。
いきなりの押し掛けフアンに、きちっと丁寧に書かれていることに、誠実な人柄が思はれて好感をもちました。
2018/11/24 11:03:26
写真と同じように
私は、サインに余り関心がないのです。
旅行に、カメラを持たないのと、似た心理の様な気がします。
たまに、著名人を見かけて、話しかけた経験はあります。でも、サインをして戴こうと思ったことは、無かったと思います・・。
記念に、という気持ちが薄いのかも知れませんね。
2018/11/24 09:20:31