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パトラッシュが駆ける!

困った男 

2018年12月22日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「度し難い」
とは、私のことだ。
こんなにも、偏屈であったのか……
自分で自分に、呆れているのだから、世話はない。

些細なことなのである。
「三味線を聞く会があります。いらっしゃませんか」
との誘いを受けた。
パンフレットを、届けて下さったのは、U子さん。
歌舞伎や文楽に、造詣の深い人だ。
仏教大学にも通っている。
畏れ多くて、私は、彼女の前に出ると、頭が上がらないでいる。

邦楽は、嫌いでない。
歌舞伎で、長唄や清元を聞くと、何故だかほっとする。
歳を取り、好みが、日本的なものへと、
回帰したのかもしれない。

飲食に関しても同じ。
若い頃に比べ、格段に和食が、好きになった。
外食の際には、先ず、蕎麦屋か寿司屋を探す。
一方で、ラーメン屋へは、足が遠のいている。
ステーキや焼き肉を、食べたいと思わなくなった。

蕎麦や寿司は、何時でも食えるが、邦楽はしかし、
簡単に聞けるわけではない。
私は、CDではなく、生演奏を求めている。
その実演するところを、じっくり聞く機会はないものか……
かねて考えていた。

場所は、同じ町の、とあるレストラン。
日曜日の昼下がり、店を借り切ってやるらしい。
「たとえば長唄、小唄、端唄の違い、
そんなこともわかります。
これであなたも、立派な遊び人」
パンフレットには、私の、かねがね願っていたことが、
書いてある。

「直近で聞く三味の音に、こころも揺れる身も揺れる。
初めなのに懐かしい。
この感じこそDNAに刻まれた、遠い祖先の子守唄」
殺し文句が続いている。
「行きます、行きます」
私は、まんまと、パンフの惹句に、殺されてしまった。

 * * *

さて、当日である。
昼食を済ませた私は、ジャケットに着替え、家を出た。
気楽な会とは思われるが、普段着と言うわけには行かない。
さりとて、スーツにネクタイと言うのは、大袈裟であろう。
私は、ほどほどに、敬意を表するつもりで行った。

十五分歩いて、店に着いた。
店の正面は、ガラス張りであり、中に少なからぬ数の、
客らしきが見える。
入口がわからない。
奇妙な店だ。
うろうろした挙句に、ようやく、開き戸を見つけた。

中に入ったものの、受付らしきがない。
人は、うろついている。
既にして、椅子に腰かけている者もいる。
はて、誰に会費を払ったら、よいのであろうか……
誰も寄って来ない。
なんとまあ、暢気な、演奏会ではないか。
これを「やる気のなさそうな」という事も出来る。

奥に、和服姿の女性が見えた。
きっとTさん、つまり、奏者であろう。
しかし、彼女もまた、入って来た客に対し、
会釈するわけではなく、声をかけるでもない。
何だか、気が抜けて来た。

私は、長く商売をやっていたから、客扱いには慣れている。
仮に、出席者が十数人の、小規模な会であったとしても、
私が主催者だったら、先ずは、受付と会計の係を定め、
配備するだろう。
主催者自らが、入口に立ち、出席者を出迎えることも、
あるであろう。

こりゃ、だめだ。
私は、入口の戸を押し開け、外に出た。
誰も、止めない。
それもそうだ。
私の存在に対し、誰もが、無関心なのだから。

落胆しつつ、しかし一方で、気持が清々した。
客は神様です。
それなのに、粗略に扱いやがってと、威張るつもりは、
毛頭ない。
私は元々、その神様扱いが、嫌いなのである。
一方で、客を客として、扱わない店も嫌だ。
お高く留まっている、威張っている、そう言う店が嫌いだ。

「あら、どうしたの?」
帰ったら、妻がびっくりしている。
「失望した」「嫌気が差した」「気持が萎えた」など、
説明する言葉なら、幾つもある中で、
私は「冷めちまった」を選び、それから、あらましを語った。
「ふーん」
妻は黙って聞いている。
何も言わない。
言わなくても、そこは、長年の夫婦、
言いたいことはわかっている。
「また始まった」
彼女の、この言葉の裏に「仕方ないわね」が漂っている。
この人には、何を言ったって、無駄……という諦念が、
そこに込められている。

 * * *

今の私は、長年やっていた商売を閉じ、その跡地に、
囲碁サロンを開いている。
道楽で、やっている。
もう、利益を求める気はない。
と言いたいけれど、欲が完全に、消え去ったわけではない。
どうせやるなら、客が多いに越したことはない。
つい努力する。
新規客が来ると、愛想を振りまき、固定客になってもらおうとする。
まことにもって、因果な男だ。
商魂が、熾火のように、消えないでいる。

時に、嫌な客が来る。
「家には、榧(かや)の七寸盤があってね」
自慢話が始まる。
「今、買ったら、百万は下らないだろうね」
それが、どうした……と言いたくなるのを、私はじっと堪えている。
「大竹先生の会に入っててね……」
今度は、その囲碁環境を、語り始めた。
彼は、何もかも、自分が上位に在らねば、気が済まぬのであろう。

私の腹は、とうに決まっている。
しかし「お帰り下さい」とも、言えないではないか。
精々言って「ここは、あなたには、不釣り合いの、
貧乏サロンです」くらいだが、それすらも、
言葉を飲み込んでいる。

後は、無視作戦だ。
あらぬ方に、視線を泳がせつつ
「はぁ」「まぁ」と生返事を繰り返す。
一向に、話がかみ合わないのを見て、客が去って行く。
これを待つよりない。

客が帰ってから、考える。
遠慮せず、はっきり断った方が、
お互いのためではなかったかと……
態度で断る。
曖昧に断る。
客が諦めて、去ってくれるのを待つ。
それは、先日私が、三味線の会で、やられたことではないか。

私はもっと、直截な断りを、研究した方が、
よろしいのかもしれない。



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