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人生いろは坂

目から鱗 

2011年06月30日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 地球温暖化による気候変動など環境問題を人に語るとき、何となくもどかしさを感じるのは私だけ
であろうか。語っているのは環境問題であっても、その実、私達の生き方、考え方そのものを問われて
いるからだ。

 先日も環境問題に取り組んでいる仲間が集まりスキルアップの為の学習会があった。この学習会に
先立って講師からの質問に対し、古くから講演活動や出前授業を行ってきた仲間が私と同じような
考えを持っていることを知った。

 ゴミ問題も森林破壊の問題も地球温暖化の問題もすべからくは人間の生活そのものから発生した
問題である。私達の様々な欲求が高まり、欲求に呼応するように経済活動が活発になり、それに伴い
森林資源や地下資源は次々に開発され消費されてきた。

 一方、煽り立てるような企業のコマーシャルは私達の欲しいという欲望を駆り立ててきた。その結果、
資源は枯渇寸前であり、更には大地震に伴う原発の壊滅的な破壊に繋がり、深刻な電力不足が懸念
されている。

 私達地球上の生き物すべては水と太陽エネルギーにより作られている。唯一、太陽エネルギーとは
異なるものが原発という核分裂によるエネルギーである。

 私達自身の体も太陽エネルギーにより作られ、太陽エネルギーによって作られたもので生かされて
いる。言い換えれば太陽の分身とも言えるものが、地球上に存在する全ての生きものだと言うことが
出来る。

 そして地球上の生き物の中で、人間だけが太陽が作り出した石油や石炭、天然ガスという過去の
エネルギーを使って生きている。それも将来を考えることなく浪費に近いような形で使っている。

 これら全てが地球温暖化に繋がっているし、多くの生物を殺している。こうしてみると人間という
存在が如何に異質なものであり、地球にとって罪深き生きものだと言うことが出来よう。

 今回の学習会では、こうした太陽を中心とするエネルギーの循環という観点から全てを見直すことの
大切さを学んだ。省エネとかリサイクルとかに焦点を絞るのではなく、太陽エネルギーの恩恵の中で
生かされていることを考えながら、もう一度環境問題を考え直すことが必要だ。

 環境問題は私がかねてより考えていたように、私達の生き方そのものを問われているような気がして
ならないのである。

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