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パトラッシュが駆ける!

看板 

2019年09月14日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「余生」とは、人生のお余り、付録、余禄のようなもの。
開き直って、楽しく生きたい。
と思った私は、それまで経営していた、金物店をたたみ、
囲碁サロンを開いた。
八年前のことである。

サロンでありつつ、私が日常を過ごす、書斎兼応接室でもある。
少し贅沢をしようと、設備に凝った。
テーブルやイスを、和風の木製品に統一した。
サロンの一隅に、棚を設け、花を飾り、骨董品などを置くことにした。
床から五十センチほどの高さであり、一種の床の間のつもりであった。
となれば、棚板は、ラワンや杉板というわけには行かない。
厚さが五センチある、オニグルミという名の銘木を用いた。
ところどころに、節が出ていて、いかにも自然木らしい。

ネットで注文し、サイズを伝え、カットしてもらった。
私は、元金物屋であるから、鋸くらいは持っている。
しかし、厚さ五センチ、幅三十数センチもある木を、
切り落す根気がない。
自分の息が、先にきれてしまう。
餅は餅屋に任せることにした。
材木商なら、電動鋸をもってして、ものの十秒ほどで終るだろう。

切れば当然に、端材が出る。
業者はこれを、廃棄し、やがて燃やしてしまうだろう。
それでは、もったいない。
取りあえず、本体と共に送ってもらい、
それから使い道を考えることにした。
私は吝嗇であり、形あるものを、容易に捨てがたい。

その切れ端を、連日眺めていたら、名案を思い付いた。
縦三十三センチに、横五十センチ、ほぼ黄金比分割の良形である。
看板を作ろう。
囲碁の二文字を、行書体で横書きにし、これを浮き彫りにする。
鑿(のみ)は売るほどにある。
一週間ほど銘木に向き合い、木屑にまみれつつ、完成させた。

我ながら、上手に出来た。
看板の由来を、人に聞かれるのが、嬉しくて仕方ない。
その度に「自作です」と答えた。
「何なら、ご希望の木彫り看板を、作ってあげましょうか」
とまで言ったが、もちろん、発注してくれる人はいない。

私には、自信と言うものが芽生えていた。
看板に彫ってみたい文字を、幾つか思い浮かべてみた。
「珈琲」「蕎麦」「酒房」「書肆」……
看板ばかりでなく、実際に、これらの店を、
経営してみたかった過去が、私にある。
しかし、欲を掻いてはいけない。
中で最も願望していた「囲碁」において、
私は、看板も経営も実現することが出来た。
これで、良しとせねばなるまい。

 * * *

インターフォンの上に「故障中です」の張り紙が見えた。
散歩で毎朝通る、近所のYさん宅である。
旦那はとうに亡くなり、奥さんが一人娘と共に暮らしている。
その娘さんは、食堂Rの一人娘、
美緒ちゃんと同級だったと聞いている。
もう、アラフィフを過ぎているはずだ。
今時は、結婚しないまま、還暦や古希を迎える男女がざらに居る。

その「故障中です」が、なかなか消えてなくならない。
ということは、何時までも、故障が直らないということになる。
電気屋に頼めば、数日で修理がなされるであろう。
しかし、一週間経ち二週間が過ぎても、
一向にその貼り紙がなくならない。

馴染みの電気屋がない。
家計が火の車で、修理代にも事欠いている。
器用な知人を頼り、その来訪を待って居るのだが、
一向に現われない。
どうせ来客もないから、インターフォンなんぞ、
永久に故障中でも構わない。
なんていう事態が想像される。

私は、通りかかる度に、さながら探偵のような目で、
Y家の様子を窺がっている。
夜間に照明が付いているか……
郵便受けに、新聞が溜まっていないだろうか……
などである。
異常はない。
どうやら、禍々しい事態には、至っていないと思われる。

 * * *

放置はよくない。
通りかかる人に、疑念を抱かせる。
修理しようか、それとも、作り替えようか……
私は、自作の看板を眺めながら、頻りに考えている。
八年の歳月は重い。
私は、時の経過による、木材の劣化というものに、
思いが及ばなかった。
中でも、雨である。
木製看板の弱点は、実はここにある。

防水塗料は塗ったのである。
それでも、雨水は容赦ない。
僅かな隙間から、木の内部へと浸み込んだとみえる。

私の自慢の看板に、汚点が浮いて出ている。
囲碁の文字は、まだ見える。
しかし、腐食に侵されている感があり、痛々しい。
これを見上げる通行人が、どのように思うであろうか。
さながら私が、Y家の内情を危惧するようなものだ。

看板を取り外し、鉋をかけ、一旦平らにし、
文字を彫り直そうか……
それとも、まったく別のプランを考えようか……
私はこのところ、店頭の看板を見上げては、考えている。
いや、ため息はつかない。
私が暗い顔をしていたら、通行人に、どう思われるか……
私は外では、なるべく鼻歌まじりで、歩くようにしている。



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銘木

パトラッシュさん

yopikoさん、
漆はいいですね。
次の看板で、やってみたいです。

その前に、先ず銘木を入手しなければ……
何処かに転がっていないかなぁ……
そうだ、ネットで探してみましょう。

2019/09/19 08:49:46

楽しみですね〜

yopikoさん

物作りは楽しいものです。
あれこれ考えている時が一番楽しいかもしれませんね〜

漆を塗る看板などいかがでしょう
何度も何度も塗り重ねてこんもりと

夫が一時漆を塗るのにハマりました。
小さいものでは木札

大きな声では言えませんが
夫は不器用な人
でも見ていて
漆塗りはいいものだなぁと思いました。

素敵なサロンの看板に
なりますように

2019/09/18 23:03:29

腰が重い

パトラッシュさん

みさきさん、
修復の方法を、いろいろ考えています。
表面を削りなおして、新たに文字を彫る……などです。
それとも、このまま、朽ちるに任せるか……
普段気の短い私が、うじうじと考え、何時までも結論が出ません。
プラスチックの安看板にだけは、致すまいと思っております。

2019/09/15 05:52:50

歩きながら考える

みさきさん

手作りの鑿の刻みの看板と、サロンの飾り棚がお揃いのこの統一感、素敵だと思います。私も形あるものを諦めるのが苦手な方ですので、看板がお化粧直しできたら、嬉しいかなとも、思います。
散歩の途中も、きっと、あれこれ名案が浮かんで、吟味をお楽しみなのでしょう。あれも良し、これも良し…♪
サロンの入り口、どんな風にお決めになるのか、楽しみです。

2019/09/15 01:20:22

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