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パトラッシュが駆ける!

最後のスコップ 

2013年02月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「もしもし、金物屋さんですか?」
「はあ」
「雪かき用の、スコップはありますか?」
「はあ」
「これから買いに行きますので、一本取り置いて頂けますか?」
「はあ」

我ながら、煮え切らない返事になっている。
しかし、正確に説明しようとすると、
これが、ややこしいことになる。

実は、金物店は、一年半前に、閉店しました。
私が経営しておりましたが、歳なもので、リタイアをし、
今は囲碁サロンをやっています。
そうです。囲碁将棋の碁の方です。
ええ、道楽が高じましてね。

しかし、金物屋の商品の一部は、倉庫に残っておりますので、
お売りすることも出来ます。
ですから、今も金物屋でないことも、ないのです。

雪かき用のスコップは、プラスチック製のものが、
一本残っております。
ええ、たまたま一本です。
最後の一本です。

積もったばかりの雪には、有効ですが、凍結した雪には、歯が立ちません。
それでもよろしければ、どうぞ。
はい、居ますよ。
昼食の時以外は、ここで遊んでいますから、何時でもどうぞ。

縷々たる説明になり、終わるまで、五分くらいかかりそうだ。

ところがこれが、残ってない商品なら、話は簡単だ。
「あいにくです」
これで終り。
余計なことは、言わない。

なまじ、あるからいけない。
売れば何がしかのお金になる。
これが私を迷わせる。

あるのは、売れ残り、ゴミみたいなもの、という頭がある。
ゴミがお金に変わるとしたら、こんなにオイシイ話はない。
そこで、かかって来た電話にも、先ずは、曖昧に答えることになる。

それにしても、辞めてから一年半、今でも時たま、電話がかかる。
私の電話番号は、依然金物店のそれとして、ネットで検索すると、
出るらしい。
とうに外したつもりの、看板だが、見えざる世界には、今も幻の如くに、
突っ立っているらしい。

 * * *

「そんなわけで、これが最後の一本です」
「よかったわ、大雪が降るって、予報が出てるでしょ」
「そうです。用心に越したことはないです」
「金物屋さんて、今はほとんど、ないんですね」
「ホームセンターなどに押され、めっきり減りました」
「よかったわ、近くにあって」

久しぶりに、金物屋の気分を味わっている。
昔は、お客さんに、しばしば感謝されたものだ。
降雪直後の、スコップは、その最たる例である。
あるいは、トイレが詰まった時の、スポイト。
大地震直後には、耐震金物が、飛ぶように売れたこともあった。
ポリタンクや、カセットコンロも売れた。

何かことが起きると、売り手市場になる。
そうすると、感謝されつつ、金儲けが出来る。
金物屋は、人様の不幸で、飯を食っている側面があった。
「ゆきゆき降れ降れ もっと降れ」
八代亜紀の歌にひっかけて、口ずさんだりしたものだ。
もちろん、人様に聞こえないようにだが。

その最たる商品の、最後の一本を、売ってしまった。
「あら、よかったわね」
妻は、居候でも、追い出したかのように、清々とした顔で言う。
「まあね」
私は、少し気が抜けている。
居候だって、全部居なくなってみると、さびしいであろう。
そんなようなものだ。

 * * *

大雪の予報にも拘らず、雪は降らなかった。
こんな時、昔は少し、後ろめたかったものだ。

そりゃ、私の責任ではない。
しかし、当面、役に立たない商品を、買い込ませてしまったのも事実だ。
客と顔を合わせた時に、少しバツが悪い。
「おかげさまで、助かりました」
どうせなら、こう言われたいではないか。

一方、首尾よく大雪が降った場合は・・・
一度は欣喜雀躍するものの、その後が悩ましい。
スコップの在庫には、限りがあり、じきに売り切れる。
その後に来るお客さんを、断らねばならない。
これが辛い。

客は、続々と来る。
それを、続々と断る。
みすみす商機を逃す。
逃した魚は大きい。
これが悔しい。

思えば、欲の深い商人であった。
お前、いい加減にしろよ・・・
何時まで、金儲けに囚われておるのじゃ・・・
神様がそう思召して、私から最後のスコップを、取り上げたのかもしれない。



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