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パトラッシュが駆ける!

人が好いにも 

2013年10月12日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「昨日、芋掘りに行ったらね、たくさん 採れてしまった。
もらってくれないかな」
ヒラリン氏が、丸々と太った、サツマイモを掲げて見せた。

「おー、みごとな芋だ。頂きますよ、もちろん」
「大きいでしょ。かぼちゃみたいでしょ。無農薬栽培なんだって」
にこにこ笑っている。
市販のそれとは、ちょいと違いますよと、そこに力を込めている。

「まあ、中へどうぞ。お茶でもどうぞ」
「いいの?」
「どうぞ、どうぞ」

例え芋でも、土産は土産だ。
軒先で「ありがとう。では、さようなら」とは、言えない。
椅子を勧め、茶を淹れる。
私ほどのお人好しも、滅多に居ないだろう。
あーあ・・・
自分で、招き入れておきながら、心の中で、ため息をついている。

20分はかかるだろう。
下手をすれば、30分、うんざりさせられる。
ひとたび喋り出すと、ヒラリン氏のそれは、止まるところを知らない。
その潤滑油たるべく、茶を出しているのだから、世話はない。

「交際費も宣伝費も、ないのですよ、公庫ってところには。そこで考えましてね」
ヒラリン氏は、政府系の、ある金融公庫に勤めていた。
もうとっくに、定年退職している。
そこでの思い出話が、必ず始まる。

「利用者の集いというのを、設けましてね。融資先の方々を、
一同に集めるわけです。
そこで相互に、名刺の交換などをやってもらいましてね。そうすると、
ああそんな業者が居るのならと、仕事を頼んだり、頼まれたりになりましてね。
つまり、公庫が、仲人みたいなものです。結果として、取引先同士の、様々な繋がりが、生まれました」

ヒラリン氏の、栄光の日々であったのだろう。
確かに、名案には違いないのだが、私はその話を、もう五回以上聞いている。
他にもある。
融資先の企業が、発展し、今や全国ブランドになった例などだ。
「最初は、家族と僅かな従業員でやってた、家内工業だったのです」
将来性を見込んだ、その目に狂いがなかったと、これを言いたいのであろう。

ほう、そうでしたかと、相槌を打ちながら、私は、真剣には聞いていない。
何しろ、聞いた話ばかりだから、全部、結末がわかっている。
他のことを考えている。
今日これからの、予定などだ。
先刻、道で会った女性の、見事なる、胸のふくらみなどだ。

書きかけの、エッセイが、頭に浮かぶこともある。
こんな時に、ひょいと、名文句を思い付いたりするから、厄介だ。
メモを取りたいのだが、話の途中で、それは失礼なことだ。

「忘れるなよ」
脳みそに、厳命を下しつつ、顔は笑ったまま、ヒラリン氏の方を向いている。
我ながら、器用なことだ。
それもこれも、私の人の好さから、始まっている。

 * * * 

「寝る前に、祈るんだ。いい加減にもう、終りにしたいって。
だけど朝になると、まだ生きてる」
モルゲン氏のお喋りは、少し趣が違う。
帝国ホテル内に、店を持っていたことなど、彼にも栄光の日々が、
あったのだが、最近はもう、自慢しない。

「友達はみんな、死んじまった。一人残るってえのも、辛いよー」
九十二歳。
嘆きが多くなっている。
しかし「そうですね」とも言えない。

「世の中には、寝たきりの人も居ます。認知症で、家族の顔も、
分からない人が居ます。
そこへ行くと、モルゲンさんは、身体も動く、頭もしっかりしている。
お金もある。死にたいなんて、もったいないですよ」
慰める。

「いやあ、だめだ。もうだめだ」
「生きていれば、楽しいこともあるでしょ」
「この間、息子に二千万、取られちまった」
「えー?」

驚いたふりをして、しかし、ああ、またか・・・と思っている。
マンション一棟のオーナーだから、十数戸分の賃貸料が入る。
銀行振り込みで入る。
それを息子が、ローンの返済や、諸経費に充当しているだけだ。

客観的には、人の羨む境遇なのだが、当人はそれに、気付いていない。
いや、気付かないふりをしている。
私が思うに、慰めが、耳に、快いからではないだろうか。
恵まれた人生であったことを、他人の口を借り、改めて確認する。
それが、喜ばしいのでは、ないのだろうか。

だから、まともに受け取ることはない。
話半分どころか、話一割に聞いている。
「そろそろ、昼飯なもんで」
やっと、打ち切りの口実が出来た。
それがなければ、彼、一時間でも、喋り続けるだろう。

 * * *

「いいじゃぁ、ありませんか。人助けだと思えば」
妻は、笑っている。
モルゲン氏もまた、菓子や果物を、毎度持って来るからだ。

本日の頂戴分。
カボチャのようなサツマイモが二個と、ブドウの巨峰が一パック。
妻、喜ぶ。
私、困る。
酒ならば、もう少し、心を込めて応対するのだが、それは滅多に来ない。



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軽佻浮薄な男につき

パトラッシュさん

秋桜さん、おはようございます。
「傾聴」ボランティアなんてのが、あるのですか・・・
私はつい、話に横槍を入れたくなるので、「傾聴」には、ならないかも・・・

2013/10/17 07:35:10

ふふふふ!

秋桜さん

パトラッシュさんのお人柄が
よ〜く現れていますね!
貢物と引き換えにおしゃべりにつきあう。
奥さま、喜ぶ・・・この図式たのしいです。
人助けですね。

何しろ昨今「傾聴」なるボランティアも
盛況です。
りっぱな徳積みのひとつになりますね(笑)

2013/10/17 06:28:26

その通りです

パトラッシュさん

酒好きほど、扱いやすいものは、ありません。
いちころですから。
中に少々、うるさいのが居るくらいで・・・
その時に、好みの銘柄を知っていれば、もう、万全です。

2013/10/15 13:16:31

いやはや

我太郎さん

そんなもんですよね
よう聞けば自慢話
適当に切り上げさせるのは至難の業

>酒ならば、もう少し、心を込めて応対するのだが、それは滅多に来ない。

ハハハ、酒以外は受け取りませんって張り紙も出来んでしょう
私は酒好きさんが1番です
何を持って行っても気に入られないのではと気遣うものですが、酒好きさんは銘柄で悩むくらいで楽です(失礼)

2013/10/15 09:55:49

客が来ないよりは・・・

パトラッシュさん

長く商売をやっていました。
客の話を、よく聞くのは、商人の基本です。
それが身についてしまっています。
商売を止めたからと言って、急に、手のひらを返すことは、出来ないものです。
まあ、人が来ないよりはいいかなと、こう慰めています。

2013/10/13 08:40:55

お人柄

トパーズさん

パトラッシュさんは、きっと話上手、聞き上手で
お人柄も穏やかだから、自然と人が集まって
くるんでしょうね。
人の自慢話を聞くほど、つまらないものはありませんが
これも、お付き合いの一つ、お土産を喜ぶ奥様の
笑顔を思い浮かべて、我慢ですね。

2013/10/13 01:03:45

time is money

パトラッシュさん

と思う時があります。嗚呼、私の大事な時間が、
空しく過ぎて行くー・・・と。
でも、実際は、それほど大事でもないのです。
その後、昼寝をしたりするのですから。

文筆活動というほどの、大したことは、やっておりません。
ただ、暇さえあれば、パソコンに向かい、何か書いています。
せいぜい「分泌活動」くらいのところであります。

2013/10/12 11:02:41

ありがた迷惑

さん

・・そのような諺がありますが、まさにその通りと^^

>書きかけの、エッセイ

記事がお上手と思いましたが、文筆活動されているのですね。

2013/10/12 08:19:50

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