メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

パトラッシュが駆ける!

引っかぶる 

2013年12月01日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

慶介が、紙袋を差し出した。
中身は酒だろう。
私は、勘も嗅覚も、人並み以下に鈍いのだが、それでも、
すぐに察しがつくのは、そうであったらいいと言う、願望が、
心の底にあるからだ。

「今日発売か・・・」
「そうです」
「高いんだろ。気を使わなくて、いいのに・・・」
「いいえ、そんなでも、ありません」
「悪いね」
「いいえ。どうぞ飲んでみて下さい」

慶介が、裏の家作に入ってからのことだ。
時たま、物をくれる。
丑の日のウナギであったり、クリスマスのケーキであったりする。

彼が、食品スーパーの、店長をやっているからだ。
“長”が付けば、聞こえはいいが、一方で責任もある。
売り上げのノルマは、きついようだ。
特に“もの日”の、それである。

売れ残っては、成績に響くからであろう、店長自ら、
その売れ残りを、引き受けるようだ。
もちろん、身銭を切ってだ。
だから「引っかぶる」と言った方がいい。

それが分かっているから、手放しでは、喜べない。
それにワインだ。
私は、酒好きではあるけれど、どちらかと言えば、
日本の酒の方が好みだ。
普段は、ビールに始まり、清酒か芋焼酎で締めている。
ウイスキーやブランデーを、飲まなくなって久しい。
ワインも、買ってまで飲むことはない。

「原点回帰」かもしれない。
最近とみに、外来のものよりも、日本産が好ましくなっている。
風習だって、そうだ。
クリスマス、ハローウィンなど、世間の人が、
キリスト教徒でもないのに、何であんなに大騒ぎするのか、
不思議でならない

ボージョレヌーボーとやらも、実は、よくわからない。
フランスで出来た新酒を、いち早く、輸入して飲む。
そこに、どんな意味があるのだろう。
そんなものは、フランス人に任せておけ。
つい、毒づいている。
もちろん、慶介には言わない。
「もの呉るる人」は、好ましき人なのだから。

 * * *

コルク抜きを、瓶の頭に押し当てたが、尖端が入って行かない。
何のことはない。
栓は金属製であり、ウイスキーと同じように、手でひねれば、
簡単に開くのであった。
世はすべて、簡明な方へと流れる。
これも、時流の一つであろう。

金物屋をやっている頃、ワインの栓抜きがよく売れた。
当時のワインは、コルク栓ばかりであった。

螺旋の尖端を、コルクにねじ込み、力で引き抜く。
これが基本型で、大昔からあった。
ねじ込みは、コルクの中央部に、しっかりと行わねばならない。
引き抜く時は、真っ直ぐに。
左右に揺らすと、コルクを崩してしまうことがある。

一旦崩れたコルクは、始末が悪い。
糠に釘差すように、頼りなくなる
それでも尚且つ、試みているうちに、粉々となり、
遂に落下する。
ワインに混ざる。

これでは困る。
そこで、改良型が開発された。
一旦、ねじ込んでおいて、両側に立っているレバーを引き下げると、
歯車により、コルクが上がって来る方式があった。
立っているレバーが、翼のように見えるからだろう
「ウイング式」とも呼ばれていた。

「ドイツ式」というのもあった。
やはり、ねじ込んでおいて、あとは、ギヤを切り替えることにより、
取手の回転を上昇力に変え、コルクが上がって来る。
何故ドイツ式と言うのか、ドイツで発明されたのかどうか、私は知らない。

便利だが、これを売るのは、一苦労であった。
ねじ込みと上昇、この二つの動きを、小さなレバーの切り替えて行うのだが、
この要領を、飲み込めない人が多い。
説明書もあるのだが、小さな図に、小さな字であり、分かりづらい。
一旦売ったものの、首尾よく行かなくて、苦情の来ることが、
少なくなかった。

これが、缶切なら、話は簡単だ。
空き缶を用意しておいて、これこの通りと、切って見せる。
客はたちまち、納得する。
ワインは、やって見せようにも、見本がない。
千円ほどの、器具を売る度に、ワインを開けていたら、えらいことになる。
税務署だって、経費とは、認めないであろう。

 * * *

慶介からの赤ワインは、美味かった。
私は、ワインのことは、よくわからないのだが、こんな分け方をしている。
ワインだけ飲んで美味い。
料理と、相まって美味い。

慶介のワインは、前者であった。
望むところだ。
私の晩酌は、寝る前であり、つまみの類は、なるべく食べない。
また、飲酒の結果、安らかな眠りに至れるかどうかも、酒を選ぶ一つの条件になる。

フランス人が、ワインに求める条件とは、おそらく違うだろう。
私は私、しかもここは、日本だから、これで良いと思っている。

「美味かったよ」
翌日、慶介に言った。
頂戴したものは、すぐに味わう。
味わったら、すぐに礼を言う。
これが私のやり方だ。

「それは、よかったです」
「そろそろ、歳末だな」
「ええ、ちょっと忙しくなります」
「おせち、何時もの通りに、頼むよ」
「はい、ありがとうございます」

話のついでに、正月のおせちも頼んでおいた。
頼んでやったと、こう言った方が正しい。
安くはないのである。
私は、買ったおせちなど、食べたくないのだが、仕方ない。
店子への義理がある。
大家もたまには“引っかぶら”ねばならない。



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

それぞれ・・・

パトラッシュさん

「自爆営業」とか言うらしいですが、当人がそれで、納得してやっているから、仕方ないですね。
会社には、会社の言い分があるのでしょうけれど。

2013/12/04 12:18:09

どの世界も

我太郎さん

気遣いが有ってなりたっているんですよね
贈って、贈られて、何処で断ち切るか、歳とってその気遣いが無くなって、なんやほっとした面があります
折角もらったのにほかしたってなことにならなくて良かったですね

2013/12/03 07:34:51

ワインの栓

パトラッシュさん

その後に貰ったワインは、コルクでした。
必ずしも、キャップ式ばかりでも、ないようですね。
栓抜き、まだ売れるかも・・・
でも、店は閉じてしまいました。

2013/12/02 19:27:44

引っかぶる

さん

民間の営業では常態化してますね。
お互い様、義理・・日本人が大切にしてきた心遣い、人情でしょうか。
最近のワインは回し式キャップも出回ってますね。
あけるのも閉めるのもらくチンです。

2013/12/02 11:29:39

えらいです

パトラッシュさん

喜美さんのお父様、えらいですね。
つい、安値に釣られ、遠くの安売り店に、走ってしまう人が多いのです。

2013/12/02 07:32:06

義理

喜美さん

お付き合いも色々ありますね
父はどんなに値段が違っても
ご近所さんを大切にする人でした
私達があそこの電気屋さんは高いから
と言うと少しばかりの違いで
義理をかくことになる近くの人は
何時お世話になるかもしれないだろうと お世話にはならず済みました

2013/12/01 18:39:36

PR





上部へ