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パトラッシュが駆ける!
損受け人生
2013年12月08日
テーマ:テーマ無し
五百旗頭(いおきべ)とは、珍しい姓だ。
だから、覚えている。
名を真(まこと)。
前の防衛大学学長である。
その書かれた文が、新聞に載っていた。
「思いがけない妻の旅立ち」
この題名から分かるように、仕事とは関係のない、散文である。
すい臓ガンは、発見された時には、末期であるケースが、少なくないようだ。
五百旗頭夫人の佳子さんも、それであった。
「いつ頃まで生きられますか」
彼女の問いに、主治医が答えた。
「神様にしかわかりません」
早ければ、半年かもしれないが、ご家族と良い時間を、少しでも長く持てるように、
力を尽くしたいと、付け加えた。
「他の家族でなく、私でよかったと思います」
夫人の、その言葉を聞くや、五百旗頭さんは、衝撃を受けた。
彼女は、病魔に襲われた、その不運を嘆くのではなく、むしろ家族のために、
進んで困難を引き受けようとしている。
何と言う、自己犠牲の精神であろう。
「早い遅いはあるけど、人は皆死ぬ。本当に幸せな一生だった。感謝している」
そう言い残し、五か月後に、夫人はこの世を去ったそうだ。
その間、子供達の、献身的な介護が、あったことは、言うまでもない。
享年六十五歳であった。
* * *
私の母も、ガンで死んだ。
六十三歳であった。
だから、つい、重ねてしまう。
もしかしたら母も、子供達の、健やかな人生のためには、自分の命など、
軽く見ていたかもしれないと。
戦中戦後の、食糧難の時代であった。
母は、四人の子に、ひもじい思いをさせまいと、必死の努力をしたに違いない。
賞味期限など、ない時代である。
腐りかけた食べ物だって、捨てずに食べたであろう。
危ういものは、自分が引き受け、安全なものを、子供達に与えたであろう。
それが親と言うものだ。
その心根が、しみじみ分かるようになった時には、母はもう居なかった。
今の私は、孫にも恵まれ、幸せな人生を送っている。
しかし、禍福はあざなえる縄の如しであり、何時運命が暗転するかは、わからない。
もしもの時には、五百旗頭夫人のように、笑って、家族の難を引き受けたいものだ。
そして、同じように、幸せな一生だったと、感謝を伝えて去りたい。
夫人のように、口に出して、言えるかどうか、そこに自信はないのだが、
こう言うことは、日頃の心構えが肝心だ。
言えるように、努力をしたいと思っている。
* * *
昔はたまに、赤ちゃん取り違え事件があったようだ。
六十年前のそれを、裁判に訴えた人が居る。
彼は、取り違えられたせいで、貧しい家庭に、育たざるを得なかった。
生活保護の受給世帯となれば、おおよそのことは、察せられる。
さぞや辛酸を、舐めさせられたであろう。
それを、償ってもらいたいと、病院を訴えた。
彼の主張は認められ、勝訴の判決を得た。
当然のことながら、めでたしめでたしと言う他はない。
あってはならない事件であり、責められるべきは、病院なのだから。
その勝訴を喜びつつ、私はしかし、一抹の割り切れなさを感じている。
取り違えられた、もう一人のことが、頭から去らないからだ。
彼は、運命のいたずらにより、逆に、裕福な家庭に育った。
俗な言葉で言えば“得をした“ことになる。
損をしたのが、原告となった男だ。
足して二で割れればいいのだが、人生は、そうも行かない。
どちらかが、不運を引き受けねばならなかった。
となれば、引き受けた方は、それが自らの意思ではないにしても、結果的に、
人を助けたことになる。
そこに、誇りを持てというのは、むずかしいことかも知れない。
だから、記者会見で、原告の男が、そこに言及しなかったとしても、それは仕方ない。
ただ、もしそこで、自分の苦難が、一人の人間のために役立ち、
自分の人生にも、少なからぬ意味があったと述べていたら、どうであろう。
彼はさぞ、美しかったのでは、あるまいか。
* * *
何かを決断する時に、決め手となるものがある。
私にとって、それは長い間「お金」であった。
あるいは「情」でもあった。
最近少し、変わって来ている。
歳のせいかも知れない。
柄にもなく「美しさ」を気にしている。
もちろん、眉目秀麗なんてことではない。
服飾でもない。
行いである。
「人が見て、どう思うか」という時の、それである。
多分「恥ずべきことのみ、多かりき」人生であったからだろう。
得することばかりを考え、生きて来た、その反動であろう。
損を引き受ける人生も、また悪くないと、思うようになっている。
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そうですね
あってはならない事件でした。
大病院ならではの、ミスでした。
我が子は、町の小さな産科医院でしたので、当日生まれたのは、一人きり。
間違いようもありませんでした。
もっと昔は、お産婆さんですしね。
2013/12/09 11:31:51
赤ちゃん取り違え事件
病院の過失により、大切な人生を変えられてしまった
男性、たった3800万円で償なわれるものでしょうか。
両家庭とも、裕福であったら、もっと救われましたね。
とても後味の悪い事件でした。
2013/12/09 02:08:34