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覗けば漆黒の底(39) 

2014年05月17日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



覗けば漆黒の底(39)

「めっきりと顔を見せなくなって、どのくらい経つんだい?それにしても久しいじゃねぇか」
 二階の奥の応接間に通された芳村は、そう言った磯田から、目の前のブランディーを右手の平を開くようにして指し示され、それをすすめられた。
「タクシーで来たって言っていたじゃねぇか、遠慮しないでやってくれ」
 それじゃあ遠慮なく、と芳村がブランディーグラスに口をつけると同時に磯田が言った。
「的田恭子さんのことで来たのかい」
「・・・」
「どうやら図星のようだね。お前さんところの、新聞記者だったのかい。可哀そうなことになったみたいだねぇ」
「彼女、正確には事務員なんですが、つい最近の一時期、こちらの店によく来ていると彼女から聞いていたものですから」
「ほう、事務員さんかい、それがあのスクープ写真とはたいしたもんだ。直々にお前さんが来るってことは、お前さんが育てた可愛い愛弟子ってところかい?それとも、いい仲だったってこともあり得るはなあ」
「磯田さんにかかると、いつもこうだ」
「あはは、そうだなあ、あの頃が懐かしい。お前さんところの新聞社には、特に芳村さん、お前さんには随分と俺たちの味方をしてもらい、切ったはった、おっと、正確には撃った、撃たれた、だったなあ。それが落ち着いてからも、その後の追跡記事で、この店の特集を組んでくれたりと、それこそ、まったくブレねえで、俺たちを支援してくれたようなものだ。おかげで今のこの店がある、と、そうも思って感謝している。今でも恩義に感じているんだぜ。人ってものは、あんなイザコザの最中は、ヤクザを抜けようとした俺たちを英雄扱いだ。その事で生じることが大きければ大きいほど、どうなって行くんだろうと警察非難をしたり、市民の安全を保てる街にと暴力団追放運動などと盛り上がる。自分たちの身の安全や、暴力団のいないクリーンな街へといった綺麗ごとの気持ちも本当だろうが、俺の知っている誰かが言うように、自分で気づいていようがいまいが、人の心ってものは漆黒の壁で覆われていて、その壁にいろんな色が反射されているのさ、いろんな色が反射されて落ちた心の底の色は、いろんな色が混ざっちまって、どれが本当の色か分からなくなるのさ、事が大きければ大きいほど、野次馬根性もあって興味津々だぁ、もっとも、善意や正義感からの憤りも本物であるのに間違いはねえ、だが、時間が経って事が収まり始めれば、一気に人の心も冷めちまう。英雄扱いされた俺たちが、堅気の根を生やそうと始めた店も、最初は応援してくれた連中だって、よくよく考えてみれば、元ヤクザたちの店だと足が遠のいてもおかしくはねえ、それを最後の最後まで応援してくれたのがお前さんだ。そのお前さんが聞きたいことがあるっていうんなら、俺から何かを聞き出したいと思っているんだったら、まわりくどい駆け引きはよしにしておいて、そっちのすべてを吐き出し、単刀直入に聞くんだな。そうなら、話せる話はしようじゃねぇか。そうでねぇのなら、このまま帰りな。もっとも、俺にだって話せることと、そうじゃねぇことだってあるがなぁ」
 思った通りだと芳村は思った。
 芳村の警察への、捜査協力の話も何もかも、こちらの手の内をすっかり見せなければ、こちらの話しを聞いてはくれないし、話してもくれない磯田なのは分かっていた。
 これまでの経過のすべてを隠すことなく話し終わった芳村に磯田が言った。
「俺の話しを記事にするのか、それとも、事の真相だけを知ればそれで満足なのか、そのどっちかで、俺の話す内容も違ってくるが、どうなんだい?」
 どう返事をしようか迷っている芳村に、再び磯田が言った。
「記事にするのはよしにしな。お前さんの商売相手の警察だって、その記事にはいい顔をしねぇと思うぜ」
 ううぅ〜ん、とため息をつくように顎を引いた芳村の顔は、磯田の言葉に納得したそれだった。

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