sheeperの書庫

覗けば漆黒の底(40) 

2014年05月19日 外部ブログ記事
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覗けば漆黒の底(40)

 ただ単に、恭子との人間関係からの、芳村の人としての心情から、恭子が死に至るまでの真相を知りたいというのであれば、芳村から受けた恩義から、人としてできる限りの尽力を惜しまないと磯田は言ってくれている。
 芳村からの質問に答えることが、そうすることだと言うのであれば、そうしてもよいと磯田は言っているのだ。
 逆に、新聞記者として此処に来たのであれば、今すぐに帰れと言っている。
 磯田との気まずくなる関係を覚悟すれば、いや、おそらく絶縁状態になるだろうことを覚悟すれば、それであっても芳村のその後の記者業務に支障があるわけでもなく、今の磯田が物理的な仕返しをするわけでもない。
 記事にしないからと言って聞き出した話を、記事にしてしまえばよいのかもしれないが、そんな気持ちの誤魔化しで、話しを聞き出せるような相手の磯田ではないことは、芳村にはよく分かっていた。
 気もそぞろと這い上がっていくブランディーグラスの滴をなだめるように、グラスの淵を小指ですぅぅ〜と撫でた磯田が、さあ、どうするんだ、と言わんばかりに芳村を見た。


 昨夜の遅い時間から磯田に馳走になった酒が眠りを妨げ、朝になるのを待っていたかのように新聞社に電話を入れた芳村は、少し落ち着かせた心持で、改めて床に入った。
 階下から、大丈夫なの?と問いかける妻に、気を使うように半身を少し起こした芳村が、心配しなくていいと答える。
 朝食は?と重ねるように問いかける声には、今度は横になったままで、少し眠らせてほしい、と眉間にしわを寄せて気怠そうに答えた。
 人生五十年という節目に、記者生命を賭けた何かをしたいのだと言う芳村に対して、磯田が穏やかな顔で、諭すように言った。
「芳村さんよぅ、今のお前さんは、お前さんらしくないぜ。飄々としていて、それでいて信念という鋼のような芯のある、誠意の塊のような男が此処に取材に来ると、そりゃあもう頼もしい限りだったし、此処の誰もが、そんなお前さんの性格を好いていたのを覚えている。十二年も経つと、人間ってものは変わりもするだろうが、そうなのかい?違うだろう、あの頃は、新聞記者として社会正義を追求しつつ、俺たちの行動を支持して、それを世の中に伝えようと必死だったお前さんには、何の恣意もなかったはずだ。それが、今のお前さんはどうだ、死んだ恭子という女のことが、頭から離れないのじゃあねぇのかい。それに、こうなるきっかけとなった前田という警部補への、お前さんが意識するでもなく抱いている恨みといったものが、なんだかお前さんを妙に生臭さくも、きな臭くもさせているような気がするんだが、違うかい?あの頃のお前さんのように、お前さんが本来持っている新聞記者としての、いや、俺の大好きな芳村という人間の鋼のような信念で、あの飄々とした取材を、お前さん自身の力でやってみちゃあどうだい。それで足りなかったら、もう一度、此処に来てみな。それでこぼしたい愚痴の一つも出てくりゃあ、そん時こそ、愚痴も聞いて、足りていねぇと感じる話しがありゃあ、それを話してやろうじゃあねえか」
 何もかもお見通しの磯田であった。

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