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パトラッシュが駆ける!

二足の草鞋 

2014年07月04日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「先生のところでは、カギも作ってらっしゃるのですね」
女性の入門者がやって来て、サロンの一隅を見て言った。
そこには、合カギ製作機が置かれ、壁にはずらり、
ブランクキーが並んでいる。

確かに、奇妙な光景だ。
囲碁と合カギ、両者には、関連というものがない。
魚屋で大根を売るようなものだ。
いや、その方が、まだましかもしれない。
大根は、刺身のつまになるから、多少の関係がある。

「はい。以前は、金物屋をやっておりました。
それを辞めて、囲碁サロンにしました。
商品は売り尽くしましたが、容易に処分の、
出来ないものもあります。このマシンです。
まだまだ、健全に動きます。廃棄するには、忍びません。
そこで、合カギ業務だけ、残すことにしたのです」

昔、松島トモ子という、名子役が居た。
目玉の大きな少女であった。
あれに似ている。
若い頃は、可愛かったかもしれない。
しかし、今や還暦を過ぎた、ただのおばさんである。

「難しいのでしょうね、カギを作る技術というのは」
「いえ、器械任せです。あなたにだって、出来ますよ」
「いえいえ、とても」
「さあ、碁を始めましょう」

指導碁を一局、打ち終えた。
お疲れ様、まあどうぞと、茶を淹れ替える。
世間話が始まる。
パンはお好きですかと言うから、好きですよと答える。
じゃあ、今度、持って来ます。
とっても美味しいパン屋さんがあるのと言う。

私は、気分に左右されやすい男だ。
ものをもらうのも好きだ。
トモ子さんには、次回もまた、しっかり丁寧に、教えてやろうと思っている。

 * * *

「おやじさんのところは、碁もやるんだー」
若い男が、店内の碁盤を見渡しながら、言った。
合カギを作りに来た客である。
彼もまた、奇妙な光景に見惚れている。

「はーい、以前は金物屋を・・・」
同じ説明をする。
これで、ほとんどの客が、了解する。
と思ったのに、彼はしない。

「金物屋さんて、いい商売じゃないですか。どうして辞めたんですか?」
そんなこと、勝手だろ・・・と言いたくなるのをこらえ、
年齢のこと、後継者が居ないことなどを語る。
仮にも相手は、お客さんである。

「人生において、働かない時間というものを、体験したかったからです」
本当のことを言いたいのだが、それを言えば、話がさらに長引くだろう。
私は、客のお喋りに、何時までも付き合っては居られない。
囲碁の他にだって、雑文書きという、今の私には、
本業みたいなものがある。
早いところ、合カギを作って渡し、当面の任務から、
逃れねばならない。

前歯が二本、やけに目立つ。
頬が少し、ふくれている。
トッポ・ジージョ・・・
昔流行った、ネズミのキャラクターに、似ていなくもない。

「紛失に備え、予備のカギをと思いまして」
「そうです。何事も、バックアップが必要です」
「予備カギの置き場は、どんなところがいいでしょうかね・・・」
あのねえ、そんなこと、自分で考えなさいよ・・・
と言いたくなるのを我慢し、
「少々お待ちを」
と言って、マシンに向かった。
彼の問いに、逐一答えていたら、何時まで経っても、カギ作りが終わらない。

「はい出来ました。お待ちどうさま」
「郵便受けの中に、張りつけるというのは、どうでしょう?」
「それは、敵の思うつぼです。プロは先ず、そこを狙います」
「プロって、泥棒のこと?」
「そうです。古典的手法です」
「じゃあ、何処に隠せば・・・」
「信頼出来る、誰かに預けるのが、よろしいでしょう」
「・・・・・」
「例えば、友人とか、親戚とか」
「・・・・・」
「あるいは、職場に置いとくとか」
「・・・・・」

これだけ言っても、トッポ君頷かない。
友人縁者が、近くに居ないからだろう。
職場がない、つまり、仕事には、就いていない可能性もある。
今時は、世間から隔絶した若者が、少なくないと聞いている。

「囲碁って、全く経験ないのですが、教えてもらえるんですか?」
金を払い終え、帰ってくれるかと思いきや、彼の口は、また開いた。
「はい、どうぞ」とは、彼に限り、言い難い。
その教育には、かなりの困難が予想される。
私の、乏しい忍耐力では、とても無理だろう。

「あいにく今は、手一杯でしてね・・・」
「おやじさんは、何段なんですか?」
「梯子段です」
「え?」
「段なんて、ありません」
「段がなくて、教えられるのですか?」
「そりゃ、あなた、囲碁のヒエラルキーはピラミッド型です。
底辺層が多い。ちょっと碁を知ってれば、
初心者に教えることくらい、出来ますよ」

煙に巻いてやった。
だいたいが、人に教えを乞おうという人間が、その相手に対し
「おやじさん」は、ないだろう。

「ねえ、あなた」
本当のところを言ってやりたい。
「手土産でも持って、出直しなさい。そして先生と呼ぶなら、
教えてやらないでもないよ」
こう言ってやりたいのだが、しかし言えない。
相手は仮にも、お客さんである。



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今は昔

パトラッシュさん

我太郎さん、
松島トモ子も、歳には勝てません。
今はただの、おばさんです。

こんな商売をやっていると、いろいろな客が来ます。
観察をさせてもらい、一人で楽しんでおります。

2014/07/10 15:37:10

ただほど怖いものはない

我太郎さん

ええんかいなあ(笑)
ただのおばさん、この記事読んでるかもよ〜
松島トモ子似なら歳相応に綺麗じゃないの?

囲碁サロンに鍵屋は意外な組み合わせですが、碁を打ちに来てそうだ鍵作っとこう、鍵作りにきて囲碁に興味を持つ、以後よろしくとなればうっはうっはじゃないですか

2014/07/09 19:25:51

うれしいです!

秋桜さん

実は、わたしも人間が好きなのです。
人を書くことが好きです。

そして人物画も、下手ですけれど
また、いまのところ「孫」のモチーフが
多いですが、内面をあぶり出す「ひと」を
描きたいと思っているのですよ。
パトさんにそのように言っていただくと百人力です。
ありがとうございます。

2014/07/05 07:57:39

笑いが一番

パトラッシュさん

ばばたまさん、
何時も拙文をお読みくださいまして、ありがとうございます。
人間の感動の中で、私は笑いが一番だと思っております。
湿っぽい話は、どうも苦手です。
これからも、精々、笑って頂けるように、頑張りたいと思います。

2014/07/04 20:24:54

人物画です

パトラッシュさん

秋桜さん、
私は、人を描くのが好きです。
人ほど、面白いものは、ないと思うからです。
絵に例えると、人物画です。
なかなか、思うようには、描けませんが・・・

秋桜さんの絵では、特に人物画が好きです。
その表情がいいですね。
うーんと、うなりつつ、見ることがあります。

2014/07/04 20:16:45

いつよんでも

さん

楽しい そして笑える そして一つお勉強できる。こんなブログが書けるって最高ですね!
今後も期待します。

2014/07/04 19:21:41

人間ウォッチング!

秋桜さん

さすがですねぇ。
3足の草鞋は、掌編小説のネタに使えるのですね。
イキイキとした人間模様に草鞋は大活躍でしょう^^
一挙両得とは、このことですね。

2014/07/04 17:21:19

埋め合わせ

パトラッシュさん

喜美さん、そうです。
大した利益もないのに、話の相手になって、愛想を振りまいて・・・

しかし、人間観察には、役立っています。
世の中には、常識の枠からはみ出した人が、たくさんいますから。
時間を取らせた分、彼らをネタに、文を書くことで、埋め合わせをさせてもらっています。

2014/07/04 16:53:55

小売商

喜美さん

大変ですね1個売って対して利益もないのに顔で笑って、、、
人に話も合わせて 
その点先生の方は気分いいでしょう 

其れに好きな本職 私はそれをただで
見せて頂いて笑っていられる
此れ一番の幸せ者じゃー

2014/07/04 15:11:45

いえいえ、お客さんです

パトラッシュさん

geotechさん、
何時も拙文をお読み頂きまして、ありがとうございます。
仰せのとおり、三足の草鞋です。
しかしながら、二足の方は、すずめの涙くらいではあっても、収入に結び付くのですが、三足目は、まったくだめです。
しかし、その収入に結び付かない草鞋が、一番好きですので、困ったものです。

2014/07/04 12:21:31

カギを大切に

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
ピッキング不可能のカギは、安全なのですが、紛失した時に、困ります。
最悪の場合、錠ごと交換ということになり、2〜3万かかることも、珍しくありません。
ご用心を。
でも、大事に至らなくて、よかったですね。
往々にして、人生の大事な時に、紛失の事故が起きるものです。
平常心が、なくなっているからでしょうね。

2014/07/04 12:14:37

のびた

のびたさん

その通りです
あの のびた は どことなく頼りなくて 誰かにいつも助けられています
私も多くの方に支えられていますので・・
因みに似顔絵は知人がパソコンで描いてくれました
雰囲気がぴったりで満足しております

2014/07/04 12:13:22

あだ名

パトラッシュさん

のびたさん、
お客さんに、あだ名を付けるのが、私の趣味です。
ところで、のびたさんは、漫画のドラえもんからでしょうか?

2014/07/04 12:08:27

三足の草鞋

geotechさん

毎回、笑ってしまいます。
金物屋でも鍵屋でも囲碁師でもない、
寄席の台本作りが最もお似合いかも
知れませぬ。
いや、あいすみません。
仮にも客でもないのに
要らぬことを。

2014/07/04 11:40:45

合鍵

さん

実は息子の結婚式の日は私は大慌てだったのです。
「何処探しても自宅の鍵が無い!」ホテルで親友とみんなしてバッグの中の物全部出して探しても見つからず大慌てで治療した何時もの場所に尋ねても無い、もしや刺したまま?とお隣に電話したら「ドアは閉まっているし、鍵は無いです。」まぁ、空き巣の被害は免れたようだ・・
合鍵はある誰も気づかぬ場所(ポストの裏とか植木鉢の下なんてポピュラーな場所でない所にあるので入れるのですが、困った事に我が家の鍵は合鍵が作れないピッキング不可能鍵なんですよ。
一本は息子に、一本は隠し場所に、一本は私がだから、紛失は痛い!
幸い帰ったら夫の遺品のキーホルダーに一本発見、無くしたと思った物もバッグの袋ポケットの後ろに隠れたファスナーの中にありました。

しかし、この合鍵が作れない鍵が現在増えています。
防犯上は有効ですが、こんな時には不便だとしみじみ思いましたよ。

>相手は仮にも、お客さんである。

如何にも師匠らしい言葉ですね。^^

2014/07/04 11:03:01

思わずクスッ

のびたさん

松島トモコとトッポジージョには思わずクスッです
金物屋 鍵 そして囲碁にまつわる話 何かその場に私も居て見ているような情景でした
初めて会う人 お客さんでも最低のマナーとか品格が欲しいですね

2014/07/04 10:36:33

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