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パトラッシュが駆ける!

卒業 

2014年07月20日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

N男が、原稿用紙に向かい、何か書いている。
「おいおい、テレビを見ながら、宿題かい?」
「家だと、落ち着かないんだ」
「家の方が、静かだろ」
「だから、落ち着かないんだ」

N男はマンションに、その母と共に暮らしている。
母一人子一人であり、その母には仕事があり、昼間は居ない。
そして、その家には、テレビがない。
今時、珍しいが、母の教育方針で、そうなっているらしい。

「作文かい?」
「そう」
「何という題だ?」
「尊敬する人」
「居るのかい?」
「うん」
それ以上は聞くまい。
そんなことは、ないと思うが、もしもこの私だったりすると、
えらいことになる。

「囲碁の先生」というだけのこと、尊敬されるようなことは、
していない。
毎年の誕生日には、図書券をプレゼントしている。
これも大したことではない。

私のサロンに来れば、何時でも受け入れてやり、
テレビを見させてやっている。
一種の甘やかしのようなものだ。
当然ながら、尊敬には値しない。
作文に書かれる、心配はないだろう。
しかしながら、一つだけ、懸念がある。

社会科で、商店研究の課題が出されたことがあった。
生徒が、商店街を回り、これはという店を取り上げ、
その仕事の内容などを、聞き取り、
レポートの形に、まとめるのである。

その時に、N男は、私のサロンを取り上げた。
一日の客は、何人くらいか、どういう客層が来るのか、などをしつこく聞いた。
そして、デジカメで、写真まで撮った。

「だって、一番よく来ている店だから」だそうだ。
知らない店に行くのは、面倒くさい。
勝手知っているところがある。
それで、手っ取り早く、間に合わせたというわけだ。
本当は、店とも言えない、小さなサロンなのだが。

もし他に、尊敬すべき人物が居なければ、便法として、
この私に、白羽の矢が立つかもしれない。
それが恐ろしい。
それだけは、勘弁してもらいたい。

 * * *

N男に囲碁を教え始め、もう数年が経つ。
星目から始め、徐々に石を減らし、先頃とうとう、置石をなくした。
つまり対等の戦いである。
そこでも、私に勝つようになった。
もはやこれまで・・・
私は観念し、N男に告げた。

「もう、教えることはなくなった。だから卒業だ」
「・・・・・」
N男は、きょとんとして、私を見ていた。
「もう君とは、碁はやらない。先生には、教えなければならない、
初心者の生徒が、たくさん居るからな」
「・・・・・」
「でも、このサロンに来ることは、構わない」
やっと、N男の顔がほころんだ。
断絶宣言でも、されると思ったらしい。

と言うわけで、卒業後も彼は、大手を振り、やって来る。
私が、誰かと対局をしていても、お構いなしだ。
つかつかと奥へ行き、テレビをつける。
刑事ものが好きだ。
水谷豊の「相棒」などが、特にお気に入りだ。
韓流ドラマにも、興味があるらしい。

そして、それらを見ながら、彼は宿題をやる。
N男の母が、これを見たら、きっと目を剥くであろう。

 * * *

「作文は書けたか?」
数日後に聞いた。
「うん」
それきり、黙っている。
テレビを見ている。

暫くしてから、ポツンと言った。
「お母さんのことを書いた」
「そうか」
私も、それ以上は聞かない。
子供はおそろしい。
見ていないようで、しっかりと人を見ている。

厳しい母親であろうけれど、彼には感ずるものがあるのだろう。
もう六年生だ。
母一人、子一人・・・
それが級友の中で、特異な家庭環境だと、もうわかっているはずだ。
忙しい母に、不満を抱きつつも、その献身的な愛を、
感じ取っているに違いない。

「今度、サッカーの試合を見に行こうか?」
N男に、言い出そうかどうか、迷っている。
他人の私が、そこまで、踏み込んでいいものかどうかだ。
下手をして本当に「尊敬する人」になってしまっても困る。



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なるほど

パトラッシュさん

我太郎さん、
なるほど、人生観ですか・・・
それが変わった時に、今まで気づかなかったことに、
気付かされるというわけですね。
いや、もちろん、私が尊敬の対象になるとは、限らないわけでして・・・
まあ、成り行き任せでしょうね

2014/07/22 09:28:38

尊敬する人

我太郎さん

先生は尊敬する人の対象上位であろうと思います
当然パトラッシュさんも候補の1人でしょう
後に囲碁で人生観が変わった時にだと思います
まだ先じゃないですか?

2014/07/21 21:10:42

子供のためなら

パトラッシュさん

マリーさん、
昔と違い、今はカギっ子なんて、珍しくもないのでしょうね。
でも、家に一人でいるのは、さびしいでしょうね。
私のところが、シェルターになるなら・・・
と思って、come come everybody をやっています。

2014/07/20 13:25:58

居心地は

パトラッシュさん

喜美さん、
居心地が、良いのでしょうね、きっと。
のべつ、やって来ます。
父の代わりには、なりませんけれど・・・
一人くらいなら、サッカースタジアムにつれて行っても、大丈夫です。

2014/07/20 13:13:48

不滅のテーマ

パトラッシュさん

ばばたまさん、
その作文は、相当に出来が良かったようですね。
試験官の心を、ぐっとつかんだのでしょう。
「作文だけで」と後で言ったのは、もちろん、冗談です。
それにしても「母」は、得ですね。
あらゆる分野のテーマとして、永遠に不滅ですから。

2014/07/20 13:10:38

そうですね

パトラッシュさん

彩々さんが、そうおっしゃるなら、サッカー見物にも、連れて行きましょうかね・・・
幸いに、Jリーグも再開したことですし・・・

2014/07/20 12:26:40

祖父が妥当なところです

パトラッシュさん

のびたさん、
私は、父にしては、歳を食い過ぎているのですがね・・・
しかし、何かの縁でしょうから、私の方からは、決して、この縁を切らないようにと、こう思っております。

2014/07/20 12:23:58

関係

パトラッシュさん

風香さん、
私には、何処まで踏み込んでいいのやら、いけないのやら、さっぱり見当が付きません。
「つかず離れず」これで行くより、仕方ないのかもしれません。
風香さんも、困難な一時期が、おありになったのですね。

2014/07/20 12:21:30

未完成交響曲です

パトラッシュさん

秋桜さん、
私は、常に勉強不足であり、卒業と、胸を張れるようなものが、ありません。
人生もまた、未完成のまま、未練を残しつつ、旅だって行くことでしょう。

2014/07/20 12:17:16

居場所

さん

自分が5・6年生の頃かぎっ子でした。
一人で家にいてさびしい思いをしました。

私の子供もその頃かぎっ子でした。

寂しい思いを子にさせるのがとても辛かったけれど仕方なかった。

このN男君は一人で家にいるよりはるかにこのサロンにいる方が良かったんでしょう。

彼の居場所を提供して貰って彼は救われます。

2014/07/20 09:48:45

サロン

喜美さん

彼にとって居心地のいいサロンなのね
其れにパトさんを父の面影を重ね想像してとてもいいと思います母一人で男の子は大変でしょうし 
碁の勉強だけでなく 色々彼には為になっている居心地のいい場所なのね
父親代わりは良い事でしょうけれど
サッカー他に子供がいると一人だけで
大丈夫ですか

2014/07/20 09:47:27

胸打たれます

さん

なんと私めも就職試験に母のことを書いて作文だけで受かったみたいのことを後で上司に聞かされました。思い出しました。
良いお話に感謝!!

2014/07/20 09:23:14

ふっくら、ほっこり

彩々さん

ほっこりとした出来事を小耳にはさみ(?)
心温かくなりました。
このN男君の年代に入ると特に男子は少なからず
アレコレ聞かれることを避けますね。
単語一言、二言で話が終わる…
それでも、囲碁教室を卒業しても
パトさん宅の居間でテレビを見ながら宿題する
姿は、多くを語らずとも彼の思いがいっぱい
広がる場所だと、語っているのですね。

パトさんとの素敵な関係が何とも微笑ましいです。

サッカー観戦も、あえてこっそりの形で
連れて行って差し上げるといいと思いますよ。
二人とも肩の力を抜いて行ければ最高の
思い出になるでしょうね。

2014/07/20 08:45:57

師匠であり父の姿も

のびたさん

こんなに心を許して通ってくる少年 清々しいです
碁の上達も早そうですね
尊敬する人 母親であって良かったと思います
ただ心の内では良き師匠と父の姿を重ねているような気がします

2014/07/20 08:33:55

胸いっぱい

さん

6年生だったのですね。 その子の想いが伝わります。
6年生は12歳、私も同じ歳に母子家庭を経てきたので気持ちの一端は理解できます。

パトラッシュさんは、その子にとって囲碁を離れてもずっと師匠なのですよ。
男の子には距離を置いて高見にいてくれる 大人の男性が必要ですから。

切なさに心うずきますね。

2014/07/20 07:42:25

すみません

秋桜さん

胃心地・・・居心地です。

イヤになります変換ミス^^

2014/07/20 07:42:09

てっきり・・・

秋桜さん

作文のテーマの主は、パトさんか!と思いました。
さろんを卒業しても、やってきて、勝手知った処で
堂々と宿題をやり、くつろく。
よほど胃心地がいいのでしょう。
想像できます。


それにしても、やはり子どもって、親に悪態ついて
いるように見えても内心ではきちんと見て
尊敬の念を抱くものなのですね。

わが愚息の小学生当時を思い出しました。

2014/07/20 07:38:27

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