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パトラッシュが駆ける!

酔客山門に入る 

2015年04月17日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

雪原が広がっている。
見渡す限りに白い。
その中を、除雪された道路が、か細く伸び、
時に同じような道と交差する。
「田んぼですから」
運転手が言う。
道理で広いわけだ。
そして、平坦なわけだ。

「あれが坂戸山です」
運転手が指差した。
上杉景勝の居城があった山だ。
「標高が634メートル。東京スカイツリーと同じです」
これが地元の皆さんの、自慢であるらしい。
先ほどの、塩沢宿でも聞いた。
この後、蕎麦屋でもまた、聞くことになる。

「雲洞庵は、あの集落の奥にあります」
運転手が、行く手の山裾を指差した。
越後の農村風景の特徴だ。
広々とした田んぼと、それを囲む山々。
その山の麓には、必ず集落がある。

私達は、その古刹を目指している。
見物、いや、見学をさせてもらうつもりだ。
この機会に、座禅修行を・・・などと言い出す者は居ない。

雪に埋もれるように、一軒の民家があった。
「お待ちどうさま」
運転手が、慣れたハンドル捌きで、その庭に車を入れた。
「ここが、しかご屋です」
なるほど、看板が出ている。
幟が何本か立っている。
それがなければ、とても蕎麦屋とは、思われない。

私達は、古刹への参拝を前に、ここで腹ごしらえをする。
そのつもりだ。
これが良いかどうか・・・
参拝と食事、この順序において、いささかの問題、なしとはしない。

「どうぞ座敷の方へ」
女将さんが、手で示した。
調理場に、もう一人、男がいる。
二人合わせて、農家の老夫婦といったところだ。
座敷には、先客が一人居た。
校長先生みたいねと、後に誰かが言った。
確かに、そんな雰囲気がある。
「野に遺賢あり」なんて言葉を、つい思い出してしまう。

欄間に奇妙なものが、掲げられてある。
鹿の剥製の、頭部だけだ。
それでようやくわかった。
しかご屋とは「鹿小屋」なのであった。
店の由来によれば、昔は、鹿をたくさん飼っていたそうだ。
飼ってどうするか・・・
おそらくは、皮を取り、肉は食用に供されたに違いない。
そう言えば、その鹿の目が、なんとなく恨めしそうだ。

何時もの如く、食前酒だ。
ビールから始め、酒に切り替えた。
地元産の「鶴齢」であり、これは良い酒だ。
一合が四百円。
東京なら六百円はするだろう。

私達が期待した、つなぎにフノリを使う「へぎ蕎麦」ではなかった。
普通の蕎麦だ。
それを、一口大に小分けにし、四人分を、木箱に盛ってある。
無数の長円が、木箱の中に、波のような紋様を描き出している。

硬い蕎麦であった。
私は、噛みごたえのあるのが好きだからいい。
しかし、香りが物足らない。
なまじいに、美味い蕎麦を知っていると、往々にして、こんなことになる。

しかしながら、鹿小屋に対し、不満はない。
珍しいものを食させてくれた。
例えば、カジカの天ぷらである。
清流にのみ棲息し、今や大量には、獲れなくなっていると聞く。

「あんぼ」も食べた。
刻んだ大根の葉を、米粉で出来た皮で包み、
焦げ目をつけるまで焼いた、お焼きである。
フキノトウの天ぷらがある。
沢庵、きんぴらがある。
きくらげ、ニンジンなどを、辛子と酢で和えた、
辛子なま酢もある。
卓上が、料理で埋まっている。

酒を、今度は「高千代」に換えた。
これも悪くない。
窓の外は、大らかな雪原だ。
空が青く、日射しが明るい。
春ならでは光景だ。
これを見ながらの酒が、進まぬわけがない。

 * * *

集落を抜け、坂を登る。
酒精により、弛緩した筋肉には、少しきつい。
雲洞庵が見えて来た。
曹洞宗の古刹と聞いている。
山門が、雪に埋もれてしまっている。
人の気配がない。
杉の古木が、鬱蒼と茂り、明るい雪原を抜けて来た目には、
この寺域が一際暗い。

「わしは、こんなところへ、来とうはなかった」
幼少の直江兼続が、叫んだそうだ。
「天地人」というテレビドラマにあったそうだ。

見学だけなら、静かでいい。
しかし、修行となると、侘しくて辛いものがあるだろう。
さすがの名家老も、若くして耐えきれず、つい、
その憂悶を吐露したと思われる。

庫裡、大方丈、本堂、位牌堂、開山堂、坐禅堂、観音堂、
客殿など、山奥の寺にしては、どれも立派だ。
不思議なのは、境内において、お坊さんを見なかったことだ。
ただの一人も、である。

受付に居たのは、有髪の俗人である。
「あの人、高倉健に似ていないか?」
と皆に言ったのだが、誰一人、頷こうとしない。
鹿小屋での酒が効いている。
私も酔ってはいるが、他の三人は、もっと酔っている。
その目がもう、覚束なくなっているに違いない。

そもそもが、罰当たりなのだ。
「葷酒山門に入るべからず」というではないか。
修行の場ではないか。
酔っ払いが、興味本位に立ち入っては、いけないのである。

さりとて、お寺を先に済ませ、鹿小屋を後にしたら、どうなったか。
私達のことだ。
旅程を終了した安心感から、さらに飲んでいたに違いない。
「今夜は、ここに泊まろうぜ」
調子者の、私のことだ。
きっと、言い出したに違いない。
後で聞くと、実際に叫んだらしい。
店主夫婦のところへ、今にも交渉に行きかねない勢いだったという。

順序として、これでよかったのかもしれない。
高倉健さんが、タクシー会社に電話をしてくれて、
私達は無事に、帰途に就くことが出来た。
私達の旅が、まもなく終わろうとしている。

「塩沢駅まで」
「はい」
「仮に、湯沢駅まで、突っ走ったとしたら、いくらかかるの」
「五千五百円くらいでしょうか」
「少し負けてよ」
「えへへ」
「四千五百円。これでどうだ」
「参ったなあ、お客さん」
商談成立だ。
タクシーの運転手相手に、こんな値引き交渉が出来るとなると、
私はさほど、酔っていないと思われる。
                    (了)


本日は外出しますので、コメントへの対応が、夜になります。ご了承ください。



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越後の旅

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
おかげさまで、雲洞庵のような名刹に行くことが出来ました。
鹿小屋の蕎麦は、へぎではなかったものの、素朴な田舎蕎麦だったので、私は満足しています。

湿疹ですか・・・
それは困りましたね。
何か解決方法があると、よろしいのですが・・・
こればかりは、お力になることも叶わず、ただ快癒をお祈りするばかりです。

2015/04/17 19:12:14

想像

パトラッシュさん

彩々さん、
本当に、食欲そして”飲み欲”を満足させてくれる旅でした。
私のブログは、週一のペースなので、レポートが、こんなに遅くなってしまいました。
あの雪景色が、この春の陽気のなかでは、想像しにくいかもしれませんね。

2015/04/17 19:07:18

旅情

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
早いもので、一か月経ってしまいました。
あの雪も、消えたのでしょうね。

雪国は、雪の季節に行く。
これ、正解のようです。
あの大雪原は、見ごたえがありました。
酒も美味いし、また行きたくなります。

2015/04/17 19:03:08

土地を感じました

さん

パトラッシュ師匠 こんにちは。

しかご屋さんでの時間は、へぎ蕎麦は「これは違う」と曽て食べたことがあったので残念でしたが、その地に暮らす、人々の暮らしを想像できて、とてもよい体験になりました。
あれから一ヶ月経つのですね。
時の流れを感じますが、あの時、大人しかった湿疹が、午後から猛威をふるい始めました。
人生には己では如何ともしがたい、厳しい時間があるようです。
直江兼次も乗り切って、見事な家老になったのだからと、自らを慰めています。

2015/04/17 16:38:03

一か月前ですか…

彩々さん

一か月後にこうして旅日記を出して
下さると、懐かしさが増幅します。

季節が変わり、越後にも春が来ている
のでしょうね。
春から初夏にかけて、緑が吹き替えし
一面、野の花が咲き始めているのでしょうか。

四季折々でも訪ねてみたい思いがする越後
でした。
なんせ、お酒も食べ物もおいしかった〜ぁ!

2015/04/17 16:22:18

一ヶ月前

吾喰楽さん

こんにちは。

丁度、今日で一ヶ月が経ちました。
楽しかった二日間が思い出されます。

鹿小屋の蕎麦は、決して不味くはありませんが、期待していた物とは別物でしたね。
それ以外のカジカ、あんぼ、ふきのとう、辛子なます等、どれも美味しかったですよ。

雲洞庵は、わが家の菩提寺と同じ宗派だったので、親しみを感じました。
それにしても、剃髪した僧侶を、一人も見かけませんでした。
不思議ですね〜

2015/04/17 14:41:55

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