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パトラッシュが駆ける!

叫ぶ 

2015年07月31日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「やったー」
マー君が立ち上がり、叫んだ。
そして、拍手をする。
その響きが大きいものだから、周囲の者が、彼を見る。
前列の男なんか、振り返り、怨嗟の目を向けている。

周囲の客の多くが、ブルーのユニフォームを着ている。
女性も子供もだ。
それも道理、ここは自由席ながら、横浜Fマリノスの応援席なのだから。

彼らにしてみれば、愛するチームが、今しも点を入れられたところだ。
敵の得点は、味方の失点、皆さんが、深くため息をついている。
そこで歓喜の声を上げられては、たまるまい。
「このやろー」
とは言わないものの、睨みたくなるのも、当然であろう。

マー君の意外な一面を見た。
普段は、物静かな男なのである。
それがサッカーとなると、人が変わる。
「いいぞ、行け行けー」
「そうだ、打っちまえ」
エスパルスの選手が、ボールをキープするや、勇ましい言葉が、次々口を突いて出る。

彼は、今でこそ、東京郊外に寓居しているけれど、
元はと言えば、静岡の産だ。
そこは元々、サッカーの盛んな県で、かつてはJリーグでも、
磐田と清水の二チームを擁するなど、サッカー王国として知られている。
それが近年、凋落の一途だ。
磐田は既に、二部に陥落し、清水もまた、
一部の最下位の辺をうろうろしている。
熱心な、清水のサポーターとして、
マー君のフラストレーションは、さぞ溜まっていたことだろう。

横浜が、前半に一点を取った。
その後も、清水のゴール前に殺到する。
二点目は、時間の問題と思われていた。
横浜の選手もサポーターも、この時点でもう、
この試合はもらったと思っただろう。
どちらのファンでもない、私だって、横浜勝ちを予想した。
ワンサイドゲームなったら、早めに引き揚げようかと思っていた。
何しろ、横浜まで来ている。
電車を、四回乗り換え来ている。
帰路のことを思うと、少々気が重い。

ところが、勝負は水ものだ。
清水は後半、一点を返し、さらに勢いづいた。
右サイドを崩し、センタリングを上げることが多くなった。
その度に、マー君が叫ぶ。
「行けー」
こうなると、追い付いた方の、強みということもある。
「番狂わせ」という言葉が、にわかに現実味を帯びて来た。

 * * *

新聞屋からもらった、二枚の入場券。
話は、ここから始まった。
もちろん無料である。
購読者へのサービスにと寄越した、招待券である。

但し、横浜スタジアムであって、我が家からは遠い。
誰かを誘って・・・と思ったのだが、声をかけた先から、
断わられてしまった。
「うーん、サッカーはいいけど、横浜まではねえ・・・」
皆さん、トイレで難渋している時のような、声を出す。

ここでひょいと思い付いたのが、マー君だ。
彼なら、横浜線一本で来られる。
声をかけたら、快諾した。
「喜んで行かせて頂きます」
物事は、こうでなくてはいけない。
仮に迷ってもいい。
受けるとなったら、快諾で応じた方がいい。
声をかけてやった側の印象が、随分と違う。

歳で言えば、息子のような男だ。
人生は面白い。
縁あって知り合い、旅を共にしたりしている。
国会前のデモに、一緒に参加したこともあった。

そのマー君が、これほどのサッカー好きとは知らなかった。
「大榎監督の采配は、今一つ頷けません」
いっぱしのことを言う。
その例として、不慣れな選手を、サイドバックに入れた、
今日のエスパルスの、布陣を挙げている。
失点は確かに、その選手の拙守から生まれている。
マー君、ただの叫び屋ではなく、見るべきところは、しっかりと見ている。

 * * *

後半三十分、エスパルスが二点目を取った。
右サイドからの折り返しを、フォワードが見事なヘディングで決めた。
先ほどにも増して、マー君が騒ぐ。
逆転され、さぞ悔しかろう、周囲の人々が、より怨嗟の目で、
私達を見る。
私は、素知らぬ顔で、ただ座っている。
隣の男は、息子ではありません。
ただの隣人です。
私とは無関係ですよと言う顔で。

マー君はお構いなしだ。
喜色満面とは、このことだろう。
その手を、叩きに叩いている。

喜びを素直に表す。
その際に、周囲の目を気にしない。
これは良いことなのかもしれない。

一方、社会生活では、必ずしもこうは行かない。
周囲との調和、融和ということも求められる。
この辺の兼ね合いが、難しいところだ。
私などは、トラブルを厭うあまり、何事においても、
融和の方へ傾いている。

私も実は、清水エスパルスの方を応援していた。
但し私の場合は、判官びいきからであって、
サッカーを観戦する際は、何時もそうだ。
決まって、弱い方、人気のない方の応援席に行く。
しかし、今回はその手が使えない。
チケットには、ホーム自由席と書いてあり、
ビジターつまり清水側の席には、立ち入れられないようになっている。

マリノスの猛反撃を凌ぎ切り、エスパルスはとうとう、勝ってしまった。
手に汗握る熱戦であり、私もとうとう、途中退席が出来なかった。

試合終了のホイッスルに、マー君の喜ぶまいことか。
またしても拍手する彼を、「さあ、帰ろうぜ」と引っ張った。
急がないと、電車は大混雑になる。

 * * *

家に帰り着いたのが、11時になってしまった。
横浜はやはり遠い。
二枚の招待券は、私を疲れさせたが、一方で、マー君を大喜びさせた。
これでいい。

次の機会にも、マー君のために、チケットをもらってやろうと思っている。
私は、サッカーそのものが好きだから、どのチームでもいい。
マリノスの応援席に座りながら、その対戦相手を応援することになるだろう。
マリノスが憎いわけではない。
ただ、人気のないチームを応援したい、それだけである。



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実際問題となると

パトラッシュさん

我太郎さん、
確かに勇気が要ります。
熱くなりきれない私は、自制心が働き、容易に敵地で叫ぶことが出来ません。(笑)

誘われた場合の返答も、難しいものがあります。
せめて気持よく受けようとは、思っているのですが・・・

2015/08/02 18:25:32

勇気が要るが

我太郎さん

こういう場面で地が出ます
熱いくなると、そんなこと関係無くなるんでしょうね

>受けるとなったら、快諾で応じた方がいい

これが意外と難しい
なんだかだと渋って結局OKすると、後に何かの拍子に雰囲気が出るもんで、相手にも不快な思いをさせます
今正にその後遺症の最中にいます
耳が痛いですよ

2015/08/02 14:32:49

静岡&神奈川

パトラッシュさん

れつさん、
こんにちは。
静岡出身の選手は、多いですね。
Jリーグにおける、最大の選手供給県かもしれません。
その静岡のチームが、このところ不振です。
静岡県人としては、いたたまれない気持ちのようです。
原因は何なんだか・・・
私にはわかりません。
神奈川のチームの方が、裕福なんでしょうかね・・・
強化費をふんだんに使えるなどして・・・

マリノスの応援団、大変な人数で、迫力もありました。
日産スタジアムも、大きくて美しかったです。

2015/08/01 18:27:35

難しい・・・

れつさん

私も静岡に長く住んでいたので、静岡のチームびいき、でも、神奈川に在住。
 一番良かったのは、静岡の出身の選手がマリノスにいたころ。
 川口選手を絶叫して応援していました。

2015/08/01 16:59:35

変人集団

パトラッシュさん

Reiさん、
そうです。
当日は、困りました。
変な男と一緒になり。

そういえば、私の周囲は、変わった男ばかりです。
「お前が変だからだ」
彼らに言わせると、こういうことになります。

2015/07/31 17:08:30

おや・・・

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
サッカーもご覧になる?
それは、隅にも置けませんなあ・・・

私はスポーツの中では、断然サッカーが好きで、
ちょくちょく観戦に行っております。
(招待券をもらうと)(笑)

一人なら、静かに観戦しているのですがね・・・
今回は、連れが変わった男で、はらはらさせられました。
(文句を言われても、仕方のないところですから)

2015/07/31 17:03:53

目に浮かびますね

Reiさん

何とも言えない師匠の表情…
そして、自分もそこにいるかのように感じるお手本のような文章、ありがとうございます。

2015/07/31 15:46:05

アウェイ観戦

さん

私も、サッカーの応援の時は大騒ぎします。
チャンスには「そこだ、入れろ」「突破だ」カウンター仕掛けられた時は「戻れ、守るんだ」
家族がいた頃は、みんな別の部屋に行きました。^^;

けれど、アウェイの時、ホームの観覧席の真っただ中だったら、心の中で応援します。
サッカーではありませんが、昔、父が野球に連れて行ってくれた時は、勿論、父がご贔屓の一塁側内野席でした。
そこに座って、アンチ巨人の私は、密かに、相手チームを応援するのが楽しみでした。
マー君は素直な方ですね。^^

2015/07/31 12:37:14

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