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パトラッシュが駆ける!

読者さん(後) 

2016年12月31日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

冬田氏が来た。
やっと来た。
突然の電話から、三週間が過ぎている。
もう来ないものと思っていた。
三週間は長い。
私のような短気者には、三カ月のように、感じられる。

「明後日、フェリーで徳島入りすることにしました」
「車で?」
「いいえ、歩きます。私、免許持っていませんから」
どうやら、本気らしい。
実を言えば、私は、疑っていた。
そのあまりの、悠長さに、やる気というものが、感じられなかった。
もしかしたら、克己心の薄い人ではないか。
その人が、過酷な歩き旅に、耐えられるであろうか。
仮に遍路に出るとしても、安楽な方法、つまり車による旅を、
選ぶのではと思っていた。

「それはいい。同じ遍路でも、歩きと車では、意味が違います。
車では、各札所を、点のように回ります。歩きでは、線を引きつつになります。
得られるものが違います」
「ご本にも、そう書いてありましたね。途中の道端にこそ、意味があるって」
打てば響くようだ。
私の本を、しっかりと、読んでくれている。

「してまた、何ゆえに、遍路に出られる気に、なったのでしょうか?」
これ、誰でも持つ疑問だ。
私自身も、かつて、同じように、人に聞かれた。
歩いて四国を一周する。
それは、やはり、尋常なことではない。

「何もありません。ただ歩くことが好きなので、やってみたいと」
「どうしてまた、師走のこの時期に?」
「シルバー人材センターで働いています。不法駐輪自転車の、
整理や撤去などです。その休みが、年末に取れたからです」
もう、疑う余地はない。
私は嬉しくなり、ビールを出した。
つまみも出した。

「高徳線の電車で、二時過ぎに、坂東駅に着きます。
一番で身支度を整え、その日は、三番まで歩こうと思います」
「うんうん」
「翌日、十一番まで行き、焼山寺への遍路転がしは、
三日目の朝からにします」
「うーん」
うなりたくなるほどに、その計画には、遺漏がない。

しかし、仮にも私は、遍路の先輩だ。
少しはアドバイスを、してやりたい。
「靴は、爪先に、余裕のあるものを。そして、オーバーワークにならないように」
「はい」
「宿は、午後の早い時間に決め、必ず予約を取って下さい。
この季節に、野宿は辛いですから」
「はい」
「まあ、熊は出ない。マムシは出ない。その点、冬の旅は、
気楽ですけどね」
「あはは」

ビールを終え、酒に切り替えた。
私の囲碁サロンは、応接室でもあり、チョイ飲みサロンでもある。
ビールと清酒は、ふんだんに用意してある。
但し、肴がない。
いわゆる、乾きものくらいしかない。
だから、居酒屋としては、成り立たない。
静かなこと、気兼ねの要らないことだけが、取り柄である。

 * * *

私は、戦後の生まれです。
父と母は、戦時中、満州で暮らしていました。
終戦の混乱の中、朝鮮を南下し、日本に引き上げるまでは、
それは大変な、苦労があったようです。
ええ、母から聞きました。

父は、築地の場外市場で、製麺業を始めました。
ラーメンの麺です。
幸いに、小麦粉だけは、手に入ったので、ひもじい思いをしたことはありません。

しかし、その父も、苦労がたたったのでしょう、若くして、
死んでしまいましてね。
母が、女手一つで、私達を育ててくれました。
当時、各地に、母子寮というのが、ありましてね。
父親の居ない家庭を、優先的に入れてくれたのです。

私は、中学を出ると、すぐに就職しました。
S鉄道です。
駅員をやりました。
身分証明書がありましてね。
これを見せるだけで、私鉄も国鉄も、改札をフリーパスになるのです。
京都まで、ただで旅行しましたよ。

でも、駅長が威張ってましてね。
よく、酒を買いにやらされました。
飲むんですよ、昼間から、駅長室で。
あごでこき使われ、怒られるのが嫌で、三年で辞めました。

いろいろな職業に就きました。
私、本が好きなもので、書店に勤めたこともあります。
銀座のY書店、ご存知ですか?ええ、今もありますよ。

ずっと独身です。
ええ、結婚はしませんでした。
今は、弟と二人暮らしです。
ええ、築地です。
本願寺の裏です。
IDKで、家賃が九万三千円。
高いでしょ。
でも、まあ、縁のある地だし、便利なところだから、
いいかなって……

いや、もう、十分です。
そうですか、じゃあ、もう一杯。
すみませんね。
好きなもんでね。

遍路宿で、飲んだらいけないでしょうか?
そうですか、そりゃ、よかった。
酒も飲まずに、長旅をするのは、辛いですからね、あはは……

 * * *

私は、図らずも、訪ねて来た客の、人生のあらましを、知ることになった。

六十九歳。
陽に焼けている。
贅肉は付いていない。
体力に、問題はなさそうだ。

上の前歯が、二本欠けたままだ。
些事にこだわらない、磊落な性格の人と、見えなくもない。
その一方で、熱心な読書家でもある。
図書館に行き、限度いっぱいの、十冊を借り出し、
それを二週間で読む。
読み終えて、返却し、また新たに、十冊を借りる。
それを、繰り返しているそうだ。

読書家に、悪人は居ない。
なんてことは、言えない。
むしろ、狡知に長けた犯罪者は、意外に本を読んでいたりする。
しかしそれでも、私は、読書をする人間が好きだ。
友を選ばば「書を読みて」である。

冬田氏の人となりの、その全容が見えたわけではない。
「六分の侠気」
これは、わからない。
「四分の熱」
これはある。
間違いなくある。
旅への出発前に、読んだ本の著者を訪ねる。
この一事をもってして、彼の熱が分かる。

年内に、高知との県境まで行き、そこで一旦旅を中断し、
帰京するそうだ。
その旅の模様を、正月早々にも、私のところへ、
報告に来ると言っていた。
これはしかし、額面通りに受け取ってはいけない。
「一月末までには、来るだろう」
くらいに、受け止めておいた方がいい。
彼の「数日後」は、私の「一ヶ月後」に等しいのだから。
                      (終)



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微力ながら

パトラッシュさん

まいにちげんきさん、
お読み頂きまして、ありがとうございます。
中盤は、彼の喋る方が、多くなりました。
私は、もっぱら、聞き役に徹していました。
一つの人生ドラマを、見るようでした。
世の中には、いろいろな人生が、あるものだな……と。
そして、頑張って生きている人が、幸せになってほしいと、願わずには居られませんでした。
遍路に関してだけでも、応援してやろうと思っています。

さて、次は、何時現れるでしょうかね……
今のところ、音沙汰はありません。

2017/01/02 10:49:32

初祈願・・・

さん

引き込まれて読ませて頂きました。
中盤の来客との会話の行間にパトラッシュさんの相づちがしっかり聞こえてきましたよ^^;
作家なればこその希有な出会い
冬田さんが元気にまたパトラッシュさんに
再会なさいますように!

2017/01/02 09:02:31

著者冥利

パトラッシュさん

彩々さん、
情報量の少ないお見合い、正にそんなようなものでした。
目の前に現れるまで、どんな人物か、まったく予測が付きませんでしたから。
無事に終わって、やれやれです。

私に、浪漫なんぞ、ありません。
来て下さる読者が居るなんて、身に余る光栄です。
(女性なら、もっとよかったんですがね)

今年もお世話になりました。
来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。

2016/12/31 16:11:48

にくい、にくいって……

パトラッシュさん

Reiさん、
貴女に憎まれたら、私は生きて行けません。

次回は、もう少し、愛されるように書きましょう。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

2016/12/31 15:58:42

浪漫

彩々さん

良かったです。安心しました。

何だかんだ考えているより一目でも
会うことが大事ですね。
何だか情報の少ない人とのお見合いの
日を待つ気持ちに似ているのでしょうか?
必要以上に期待しないとか…(笑)

相手の方はパトさんのご著書を読まれ、
パトさんをちゃんと把握してらしたので
余裕だったのでしょう。

パトさんに男の浪漫を感じられ会いに
こられたのでしょうね。
2016年、キリキリにまた素敵な出会いが
叶い、良い一年となりましたね。


今年もお世話になりました。m(_ _;)m
来年も宜しくお願い致します。

2016/12/31 13:38:53

待ってました

Reiさん

前編を読んで、後編はいつかと待っておりました。
読者を待たせるところが、またにくい・・・(^^;)

エッセイのようで、短編小説のようで・・・
今回も一気に読ませるにくいところに脱帽です。

来年もよろしくお願いします。

2016/12/31 13:13:29

疑い晴れて……

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
冬田氏は、もう来ないもの、つまり、ガセネタだと、思い込んでいました。
どうやら彼、マイペースで行動する人のようです。

疑わしい事件が頻発するので、つい人を信じられなくなっておりました。
来てくれて、よかったです。

2016/12/31 12:22:06

人の輪

吾喰楽さん

おはようございます。

取り越し苦労だったようで、良かったですね。
私の予想が当たりました。

前半は、通常の会話の遣り取りです。
中盤は、あえて括弧を外し、相手の一人科白。
後半は、貴兄の感想です。
巧みな構成に脱帽です。

著作が、また、人の輪を繋げましたね。
素晴らしいことです。

2016/12/31 09:34:07

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