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パトラッシュが駆ける!

少年と私 

2017年01月07日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「死ぬほど、ヒマなんだ」
N男の決まり文句である。
私のサロンに現れる度に、これを言う。
そりゃたしかに、冬休み中でもあり、級友とも会えないだろう。
部活も休み。
行きつけの児童館も、工事中につき、現在休館中だ。

それだけではない。
N男には、家庭の事情がある。
彼は、一人っ子であり、母親は、勤めに出ている。
そして、その家には、テレビがない。
ついでに言えば、ゲーム機もない。
携帯すらも、与えられていない。
母親のせいだ。
虐待されているわけではない。
貧困のせいでもない。
その教育方針によって……である。

N男は、私のかつての、生徒であった。
小学生の頃から、囲碁を手ほどきし、本人の才能もあって、
めきめき腕を上げた。
私を追い越すまでに、上達したのを機に、私のサロンから、
卒業させることにした。
さらに良き師を求め、プロ入りを目指すもよし、
一生の趣味として、囲碁を楽しむもよし、いずれにしても、
私の役割は、終わったと思っていた。

「もう、君に教えることはない。
しかし、これで縁を切るというわけではない。
ここに、遊びに来るのは、自由にしていいよ」
卒業に際し、私は、こう言ってやった。

N男は、それをよいことに、中学生となっても、
私のサロンにやって来る。
今回も、冬休みに入るや、連日のように、来ている。
「いいですかぁ」
「いいよ」
「ヒマなもんで」
「そりゃ、困ったな」
勝手知ったるサロンであり、さっさと上がり込み、
コタツに足を入れ、テレビを付ける。
リモコンを手に、チャンネルをもう、滅多やたらと変える。
さながら、菓子に飢えた子が、嬉しさのあまり、
あれもこれもと、ケーキに手を出すのに似ている。

「宿題は、ないのか?」
「あるけど、休み明けに試験があるんだ。
それに合わせてやった方が、忘れなくていいんだ」
妙な理屈を言っている。

中学二年、十四歳。
そろそろ、難しい時期にかかっている。
母一人子一人の家庭であり、その母が、独自の育て方をしている。
どうなるのであろう、この子は……
その将来を、案じないわけには行かない。

 * * *

私の、少年時代は、世の中全体が、貧しかった。
テレビが普及し始めた頃である。
人気番組があり、それがクラスの中で、話題になったりした。
しかし私は、その仲間に加われなかった。
テレビがないのだから、仕方ない。
随分と、悔しい思いをした。

理由は違えど、N男だって、友達の中で、肩身が狭かろう。
いいじゃないか、少しぐらい……
ということで、テレビを見させてやっている。
これは、母親の禁を、破っていることになる。
私が、破らせていることになる。

しかし、こちらにだって、言い分はある。
小人閑居して、不善を為すというではないか。
ヒマをもてあましたN男が、ゲームセンターにでも、
入り浸ったらどうなるか。
そこで、仲間が出来たら……
それが良からぬ連中で……
なんてことを、つい、考えてしまう。

お母さんの、教育方針も、わからないではない。
しかし、子供を卑俗から、永久に、隔離することは出来ない。
何処かで、世間とも、折り合いを付けて行かねばならない。
無菌室では、子供は育てられないと、知るべきだ。

聞けば、N男のやつ、正月三が日、何処にも行かなかったと言う。
私の孫なんか、映画にディズニーランドにと、休み中、
遊び回っていた。

N男はまた、回転寿司にも、行ったことがないという。
現代の食を語る上で、これを、知らないという、わけには行くまい。
これだって、N男の片身を、狭からしめているだろう。

内緒で、連れて行ってやろうか……
と言うことを、頻りに考えている。
考えては、思い止まっている。
私は、親でも親戚でもない。
出過ぎたことを、してはならない。

 * * *

N男は、サスペンスものが好きだ。
「相棒」とか「科捜研の女」なんて言うのが、特に好きだ。
熱心に見ている。

時に、濡れ場がある。
男女が絡み合う。
良いのだろうか、こんなものを見せて……
困ったことになっている。

私は、男の子を、育てたことがない。
しかし、自分が育てられたことはある。
当時のことを、思い出してみる。

男女のことなんか、隠したって、いずれは知って行くものだ。
目くじらを立てることはない。
エロ本を買ったのは、高校生の時であった。
机の引き出しの、奥底に隠しておいた。
ある日、それがなくなっていた。
母親が私の所持品を検査し、勝手に処分したと思われる。

なあに、また買ってやる。
これしきのことに、へこたれなかったものだ。
N男も同じ。
母親の方針に、面従腹背であっていい。
親なんて、いずれは、乗り越えて行くものだ。

「せんせ、何書いてんの?」
突然、N男が、振り返って、言った。
「なんでもない。君には、わからんことだよ」
慌ててごまかした。

N男には、意外に鋭いところがある。
もしかすると、何かを感じたのであろうか。
私が、その背中を見ながら、この原稿を書いていることに。



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兼ね合い

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
親の方針と、社会の状況とに、乖離がある場合、
何処に妥協点を見出すか……
子育てにおける、難しい問題です。

縛り付けるのは、難しい。
さりとて、放つに任せるわけにも、行きませんし……
結局は、何処かで折り合いをつけるより、ないようです。

まあ、結果よければ……と言うところは、あるわけでして、
というより、結果が全てなのかもしれません。

シシー家のご子息は、立派に成人しております。
欲をいえば、きりがないでしょうけれど、
親として、十分に、及第点だったのでは、ないでしょうか。

2017/01/08 08:47:40

社会性を学ぶのだ、とは思いますが・・。

シシーマニアさん

息子が小学校に入った頃は、丁度ゲーム機が流行り始めた頃でした。
当然の様に、「そんなもの!」的扱いをする母親だった私は、買い与えなかったのですが。

有るとき、ゲーム機を持って居る友達の家に行きたくて、その友人にへつらっている息子を見たのでした。
実に情けない思いをしました。
何が情けなかったのか、単純ではありませんでした。

結局、誕生日祝いに買い与えたのですが、既に上達していたのを自慢げにしている息子をみて、更に情けなくなりました。

社会と、親の方針との、板挟みになっているのは、結局幼い子供なのが、哀しかったのを、久々に思い出しました。

2017/01/07 23:22:34

人にものを教える楽しみ

パトラッシュさん

みさきさん、
そうなのです。
この仕事?に就いての楽しみは、教え子達の成長です。
大人になった姿を、本当に眺めてみたいです。
今、最も古い生徒が、大学受験にかかりつつあります。
十年後……
見てみたいけれど、それまで生きていられるかどうか……

2017/01/07 17:15:48

長い目で……

パトラッシュさん

喜美さん、
息子さん娘さん共に、立派に育てられましたね。
結果良ければ、すべて良し。
喜美さんは、大いに、自慢してよろしいですよ。
若い時の行き過ぎなんか、大目に見てやるのが、よろしいようです。

2017/01/07 17:11:36

無事が一番

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
息子さんは、禁止の反動でしょうか。
むずかしいものですね。
厳しくすれば、良いというものでもないようで……

私は、娘二人だったので、子育ての苦労は、少なかったです。
でも、思春期に入り、ボーイフレンドの問題などで、少々悩まされました。
ともかくも、無事に育ってくれて、一安心です。

2017/01/07 17:06:13

育む目

みさきさん

育てる時は、親なりの思い入れがあって
一生懸命だったように思います。

けれど、子供は、親の力だけでなく、
周りの方の、温かい目線の中で、
自分なりの何かを掴んで育ってゆくのでしょう。

まだ、多分、どこかあどけなさ残る中学生のN男君と、
あれこれ思いを巡らせながら見守る囲碁サロンの席主様、
5年後、10年後のドラマが楽しみです。

2017/01/07 14:45:08

考えると

喜美さん

子育ては大変ですね
育てる時は全く考えもせず
いい加減の親ですから
適当におおらかに育てました
息子は週刊マンガ読むのはいけないと思うのかベットや暗闇で読んでいましたから近眼になりました テレビも見ていましたけれど 其れで勉強が如何のとかわかりません 自分が判断してからで良いと呑気な母でしたけれど
今は二人共自慢できる(母思い)子供達に育ちました

2017/01/07 10:25:13

ゲーム機

吾喰楽さん

おはようございます。

私の妻も、息子にゲーム機を禁止しました。
ところが、家を出てからは、ゲーム三昧です。
今では、孫と一緒に、ゲームを楽しんでいます。
親子で共通の遊びを楽しむのも、悪くないと思っています。

テレビは、時間制限しましたが、禁止しませんでした。
自分が、見たかったのでしょう。

2017/01/07 09:45:15

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