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パトラッシュが駆ける!

髭 

2017年01月21日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

何でも体験してやろう。
これが、私のモットーであった。
もちろん、若い頃の話である。
これを、若気の至りの頃、と言ってもいい。

登山、釣り、麻雀、囲碁将棋、競馬競輪、ギター……
片っ端から、手を出した。
そして、どれもこれも、奥義を極めたわけではない。
ただ、やった。
というだけの、自己満足に終わってしまっている。

その気はあったけれど、遂に、手の出なかったものもある。
その例が、ゴルフであり、ダンスである。
どちらも、貧乏人には、手を出しにくいところがあった。
お金と時間、そのどちらもが、私には足らなかった。

人の一生には、限りがある。
出来ないものがあって、当たり前だ。
いや、むしろ、出来ないものの方が、はるかに多い。
人生に“れば”“たら”は禁物だ。
欲を掻けば、きりがない。
ということに、やっと気付いた時は、人生の盛りを過ぎていた。

 * * *

私は、二十代後半の一時期、短歌の同人誌に加わっていた。
これもまた、若気の至りの、一つである。

「髭をふと 伸ばしてみようか など思う 
休業日の朝 飽きるまで寝て」

その頃に作った、短歌である。
加わってまだ間もない、つまり、初心者の頃であった。

毎月、合評会というのをやっていた。
会員が集まり、持ち寄った作品を、相互に批評し合うのである。
一人の女性が、私の歌を評して「黄色い感じがする」と言った。
独身男の、清潔とは言えない部屋と、そこに敷かれた、
布団の汗臭さを、彼女は、想像したのであろう。
不精髭が伸び、いっそこのまま、伸ばしっ放しに、
してしまおうかと、男が、その寝床で、顎を撫ぜている。
そこに漂う倦怠感を、色で表せば、黄色と、
彼女は、言いたかったのかもしれない。

清潔感はともかく、そのようなイメージが、読者の脳裏に、
浮かんだとすれば、それは表現として、成功している部分も、
あるのではないか。
私は、自分に都合よく、その評を受け止めた。

それに、冷や水を浴びせるように、古参のメンバーからの、
酷評が出た。
「男なら、誰だって、髭くらい、伸ばしてみたいと、
思うものです。
ありふれていて、そこに、詩の欠片も、ありません」
にべもないとは、このことだろう。
私の自信は、あっさりと覆された。

そこで発奮し、先輩をうならせるような歌を作るべく、
努力すればよいのだが、この私に、そんな気概はない。
その後も、自己満足に過ぎない、歌を作り続け、
やがてその短歌誌を、去ることになる。
初心者の域を、脱することなく……である。

 * * *

「髭に頼るのは、いかがなものかと思うのです」
Cさんが言った。
突然に、そんな話になった。

髭ごときに、頼らなくても、立派にサラリーマン人生を、
全う出来た。
社の内外に、おのれの実績を示すことが出来た。
だから、自分は、生涯に渡り、髭など伸ばさなかった。
とは、Cさん言わない。
私が、彼の言外に、その自信を、垣間見ただけである。

髭には確かに、一定の効果がある。
日本のプロ野球選手が、アメリカに渡ると、その多くが、
髭を伸ばす。
ややもすると、日本人は、童顔に見られなくもない。
そこに、髭があれば、貫禄が増す。
侮りをはねのけ、逆に、威厳だって、示せなくもない。
髭は、小道具として、お誂え向きなのである。

野球人は、一つの例である。
一般社会でも、往々にして、あることだ。
貫禄や威厳ばかりでなく、単に独自性を、際立たせる効果もある。
俺は、そんじょそこらの、連中とは違うんだ。
ということを、髭に言わしめるのである。

Cさんとは、初対面であった。
ひょんな縁から、私のサロンを、訪ねて下さり、
歓談に及んでいた。
お茶代りのビールを飲み、次いで清酒をやっていた。

その語るところに、屈託がない。
過ごして来た人生に、納得しているからだろう。
彼もまた、既にして、余生に入っている。
仕事に注いだ情熱を、今はカメラ片手に、
東京の町を歩くことに、傾けている。
こう言う人と、飲み且つ語る。
それは、大変に楽しいことだ。

 * * *

私もまた、とうとう髭を伸ばさなかった。
誘惑に駆られたことは、何度もある。
その度に、思い止まった。
Cさんのような、哲学が、あったわけではない。
単に、営業政策上の見地からである。

私は、商店を営んでいた。
お客様の支持を、広く得るためには、奇を衒わない方がいい。
店主の風体も、その一つ。
清潔感、これに勝る好印象など、ありはしない。

髭を伸ばすことにより、客が増えるか。
そんなことは、あり得ない。
異相の店主として、警戒あるいは、敬遠されることはあっても、
客が増えることなど、ないであろう。
なら、止めておこう。
結論は毎度、そこに至った。
つまり、私の場合は、そろばん勘定からである。

その商売も、とうに辞めてしまった。
今の私には、この身を縛る何物もない。
今こそ、好機ではある。
誰に気兼ねなく、髭も伸ばせる。

しかし、私には、既にして、その気がなくなっている。
Cさんの説を聞き、その通りだと、頷いている。
人生、頼るべきは、その風体ではなく、内実だと思っている。

人生、何でも、やればよいというものではない。
やらないものが、あっていい。
ゴルフやダンスと同じく、髭にもまた、
縁がなかったということになる。
私は、身体さえ動くなら、死の当日の朝まで、
おのれの髭を剃るであろう。



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五十年前です

パトラッシュさん

夏の葉さん、
拙歌に響いて頂きまして、ありがとうございます。
どうも、女性の方が、この歌を評価して下さるようです。
男はだめです。
日常の平凡な風景と捉えて、感激がないようです。

もちろん、独身の頃でした。
ろくに掃除もしない部屋の、万年床で、寝ていました。

2017/01/23 20:53:43

飽きるまで寝て

夏の葉さん

こんにちわ。
パトさんの歌、一読、クスッとして、いいなぁと思いました。
で、生意気なようですけど、古参メンバーさんの意見にちょこっと反論です。

題材がありふれてる(のかどうか私には分かりませんけど、100歩譲ってそうだ)としても、
それをどう料理するか、ということじゃないのかな、
そこに作者の個性とか感性が表れるというか・・・。
とマー、門外漢ですけど、そんな風に考えるわけです。

で、パトさんのお歌は、
「休業日の朝 飽きるまで寝て」
とくに「飽きるまで寝て」がポンと響きました。
これ男(「男性」とかいわず、あえて「男」といいたい)の生活感がむんむん漂ってきます。

このころ、パトさん、独身でいらしたんですか。
うふ、むさ苦しい感じがますますいいですね。

2017/01/23 15:16:33

黄色

パトラッシュさん

みさきさん、
黄色っぽい、即ち、塵埃、汗、そしておならの色のようです。(キタナイですねー)
実際に、そんな部屋に住んでいました。

今は、妻が居るので、清潔な生活を送っております。(送らされて)

同人誌では、厳しく鍛えられました。
ものには、なりませんでしたが。

2017/01/22 10:39:10

カラフル

みさきさん

短歌同人誌時代のお話を
興味深く拝読いたしました。

青髭、赤髭のストーリーが頭を過り
黄色のイメージが大変ユーモラスでした。

お髭、伸ばすべきか、伸ばさざるべきか、
男性ならではの選択肢ですね。
<(_ _)>

2017/01/22 00:57:56

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