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パトラッシュが駆ける!

人生サロン 

2017年09月02日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

囲碁の対局を前にして、お茶をお出しする。
碁盤を挟んで、相対し、いきなり、盤上に石を置くわけではない。
必ず、少し雑談をやる。
「今年は、暑かったですね」
「猛暑の後は、秋が早いんでしょうかね……」
文字通り、取りとめのない話である。

指導碁の場合も同じ。
「調子はどうですか?」
くらいのことを、聞く。
調子とは、便利な言葉であり、碁のことを指しつつ、
体調をも含んでいる。
どちらを答えるかは、相手の勝手である。
「負けてばかり」
泣き言を言う人も居る。
居るどころか、その方がむしろ多い。
連戦連勝なら、何も私のところへなんぞ、教えを乞いに来る、
その必要がない。

当然のように、男性より、女性の方が饒舌だ。
泣き言も多い。
「もう一歩のところだったのに……」
「大石を、取ったはずだったのですが……」
ほとんどが、恨み節だ。
「快勝しました」とか「完膚なきまでに、やっつけました」なんて話を、
聞いたことがない。

「負けて強くなる、それが碁です。
取られたら、次は、取られないように、用心する。
それが棋力の向上へと、結びつくのです」
私は、慰めに適したセリフを、いくつも持っている。
時に応じ、それを使い分け、生徒さんを、励ますことになる。

激励こそが、指導者の任務だと思っている。
生徒の皆さんに、よかれと思い、慰めて差し上げている。
しかし、ここに問題があるのかもしれない。
あの先生は、優しく応対してくれる……
だから、愚痴をこぼしやすい……
ということが、あるかもしれない。

「せんせ、ちょっとお話を聞いて頂いて、よろしいでしょうか?」
「はあ」
R子さんが、気色を改め、言い出した。
「実は息子のことなんですが……」
経営していた事業が、不渡りを出して破綻し、結婚を約束していた、
女性とも別れ、今はアパートに、一人で蟄居し……
なんてことを、喋り出す。
「そうですか」
私は、何と言っていいか、わからない。
「ほう」「なるほど」「それは困りましたね」を繰り返すだけとなる。
もしかすると、この人は、碁なんかどうでもよくて、
私と話がしたいため、この囲碁サロンに、やって来たのかなと、
思ったりする。

 * * *

H子さんは、昔から、テニスをやっている。
近年、新たに、囲碁をもやり始めた。
身体に加え、今度は頭をも、鍛えるつもりであろう。

あるテニス会に加わり、クラブに通っている。
夏は、日照りで大変らしい。
汗を掻くし、日焼けもする。

「芝ではなく、クレーコートです。終わった後は、コートブラシで、
表面を均すんです」
「そりゃ、皆さん活躍されるから、荒れるでしょうね」
「会員みんなで、後始末をやらなきゃいけないのに、
やらない人が居るんです」
「そりゃ、怠慢だね」
「でしょう。ずるい人が居るんです。それも女の人に多いんです」
H子さんは、正義感の強い人だ。
ずるい人を、放置しておくことに、耐えられない。
しかし、それを、私に向かって言ったところで、どうなるだろう。

「そりゃ、H子さん。会の責任者に言わなきゃ」
「言ったんですよ。でも、会長さん、女性に甘いから、
なーんにも言わなくって」
雑談が、五分を超え、とうとう十分を超えた。
H子さんの憤懣は、容易に治まらない。
「さ、碁をやりましょう」
私は、たまりかねて、碁笥を引き寄せ、言った。
囲碁の指導こそが、私の本分だ。
それなのに、往々にして、任務から外れる。
逸脱させられる。

これは、私の人間性に、問題があるのかもしれない。
指導者たる者の、毅然さが、足らない。
商店主だった頃の、名残りかもしれない。
愛想の良過ぎるところがある。
そこを、来客の皆さんが、ちゃっかり利用しておられる感がある。

 * * *

「お茶をたくさん、もらいましたので」
Y江さんが、サロンの戸を開け、茶筒を差し出した。
差し入れである。
お茶は、サロンの必需品だ。
客人には、必ずお出ししている。
新茶でも旧茶でもいい。
茶なら、いくらあっても、困ると言うことがない。

コーヒーという手がある。
しかし、手がかかり過ぎる。
ビールと言う手もある。
しかし、アルコールを受け付けない人も居る。
結局、緑茶しかない。

「寄ってらっしゃい」
椅子を勧めた。
Y江さんは、囲碁をやらないのだが、茶飲み話は好きだ。
腰を下ろすと、話が止まらなくなる。
この日も、喋り続け、とうとう三十分を超えた。
私は、相槌を打つくらい。
「ほう」「なるほど」「それは困ったね」
こんな短語、いくら連発したって、累計で五分にも達しまい。
従って、彼女が二十五分を、消費したことになる。

その大半が、息子の嫁さんへの、愚痴であった。
孫の進学についての、不満もからんでいる。
息子がまた、嫁さんの、言いなりになっていることもある。

まだあった。
四十を過ぎ、未だに結婚しない、娘のこともあった。
私のところは、いっそ「人生サロン」と、名を替えた方が、
良いのかもしれない。

 * * *

「テニスのこと、私、直接、言ったんです。後片付けをやらない人に」
H子さんが、嬉しそうに言った。
「ほんの二〜三人に、ですけど」
「へえ……」
「そうしたらね、昨日は、全員が加わってくれたのです」
先日の渋面が、うそのようだ。
「コート均しに?」
「そうです。用具の片付けにもです」
「そりゃ、よかった」
私のアドバイスも、まんざらではなかったことになる。
心で思っているだけでは、いけない。
言わなければ、始まらないこともある。

そうだ、ものは試しだ。
Y江さんの娘を、R子さんの息子に、引き合わせたらどうだろう。
ダメで、もともとだ。
妻に言ったら、きっと「止めときなさい」と言うだろう。
しかし、瓢箪から駒ということもある。
二人が引っ付いたなら、私は本当に
「人生サロン」を名乗っても良いことになる。



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居るでしょうね

パトラッシュさん

漫歩さん、
中年、熟年女性の、それぞれ典型かもしれません。
今日も、一人来ました。
座ったら、最低30分は、覚悟しなければなりません。
私は、ふんふんと、相槌係です。

2017/09/04 16:50:49

女性は可愛いですね。

漫歩さん

R子さん、H子さん、Y江さんは私の周辺にも居ます。
年配の女性を大まかに繰ると、相当な割合がこうした要素をお持ちですね。

無責任な立場の私は、それぞれのパトラッシュさんの対応振りを覗き見したように、ニヤニヤしながら愉しませて戴きました。

2017/09/04 07:57:12

何時間でも構いません

パトラッシュさん

喜美さんなら、
何時でも、大歓迎です。
その澄んだお声を聞きたいから……

2017/09/02 15:29:12

おとなしい

喜美さん

ぱとさん頑固に見えて全く人が良いのよ 私が近くでなくてよかったわ
今暇かしらと 探りながら
お喋り喜美も出かけますね
喋り出している本人が何喋っているかわからなくなるときあります

2017/09/02 14:47:42

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