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パトラッシュが駆ける!

この手で捨てる 

2017年09月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

私の家には、倉庫がある。
金物店を経営していた頃の、名残である。
と言うと、大層な建物のように、聞こえるかもしれない。
なに、住宅の一部屋に、内装を施さず、棚を吊り巡らしたに過ぎない。
今は、商品でなく、家財道具の置き場になっている。

人間は、蓄財が進むにつれ、その性向が、吝嗇に変わると言われる。
溜め込むに執着し、きれいに費消することが、難しくなるのだそうだ。
収納スペースもまた、同じ。
あれば良い、というものでもない。
とりあえず、物を置く。
その「とりあえず」が「とりあえず」で済んだためしがない。
物が溜まる。
溜まる一方、ということになる。

倉庫の床下には、さらに、収納庫まである。
使用頻度の低いものを、そこに収めていた。
例えば、釣り具である。
私は若い頃に、川釣りに熱中した一時期がある。
さらに、海釣りにも手を出した。

やり始めると、とことん凝るのが、私の悪い癖だ。
竿、仕掛け、魚籠、股下までの長靴など、様々な道具を買い揃えた。
しかし、熱しやすく、冷めやすいのも、私の困ったところだ。
何時からか、釣りに行かなくなった。
道具は、そのまま残っている。
実を言えば、収納庫に入れたまま、もう二十数年、使っていない。

私には、男児の孫が居る。
二人居て、小学生と中学生である。
もしかして、彼らが、釣りに興味を持ったなら、私の貯蔵品が役立つ。
と思っていたけれど、どうやら彼らに、その気はなさそうだ。
そしてまた、釣り具にだって、技術革新がある。
古ぼけた、使用済み品が、今の若者にどう見られるかは、
想像するまでもない。

思い切って、処分にかかった。
「断捨離」が今、シニア世代の、為すべきこととして、
盛んに言われている。
竿、仕掛けなど、燃えるゴミと、リール、錘(おもり)などの、
燃えないゴミとに分別した。
そして、日を分けて廃棄した。
思ったより、ずっと簡単であった。
人間、その気になれば、何でも出来る。
やらないのは、理由を設け、先送りしているに過ぎない。

 * * *

困ったことになった。
釣り具を片付けた、その収納庫の底から、登山用具の一つが出て来た。
ピッケル……雪山を登る時の、必携品である。
日本語なら、氷雪用斧付杖ということになる。

これは、釣りよりさらに前、私の独身時代に使ったものだ。
私は、遊び人であって、しかも、移り気であって、
これは面白そうだとなると、片っ端から手を出していた。
手を出せば、たちまち熱中する。
そうしては、人並みに道具を揃える。
私の人生、そんなことの繰り返しであった。

他の登山道具、例えば、ザイル、アイゼン、
輪カン(雪を踏みしだくカンジキ)などは、
とうの昔に、処分してしまっている。
何ゆえに、ピッケルだけが、残っていたか。
私の中に、躊躇うものがあったからだ。

雪山において「困難を共にした」のは、他の道具も同じながら、
「この命を、支えてくれた」となると、ピッケルをおいて、ない。
特別視するところがあった。
単なる道具の域を超え、ピッケルの上に、ある種の、形而上の価値を、
置いてしまっていた。

武士の、刀に対するそれに、似ていなくもない。
魂みたいなものだ。
その、白く光っているところも、似ている。
と言いたいところだが、私のピッケルは、既にして錆び、
茶色に変っていた。
刀の鞘に納まる如く、ピッケルには、革製のカバーがかけられていた。
それで見えなかっただけである。
地下収納庫の、湿気が影響したに違いない。

「どうしたもんか……」
ある夜、寝床で呟いていた。
「何が、どうしたの?」
妻に聞かれてしまった。
ピッケルについての、一部始終を話した。
気をつけねばいけない。
呟いたのが、女の名でなくて、よかった。

「もう使わないんでしょ」
「まぁな」
「使えないんでしょ」
「まぁな」
「あなたの死後、誰かが処分するでしょうね」
「うん」
「それで、よろしいのでは、ありませんか」
「うん」
妻の言う通りだ。
悩むことなど、ないのである。
このまま、床下に置き去りにする。
何時の日か、建物が朽ち果てる。
その時に、解体業者が入る。
床下に残された、奇妙なT字形の物体に、誰が気を留めるだろうか。
他の多くのゴミと一緒に、埋め立て地にでも、運ばれるに違いない。
それで終りだ。
それで良いのである。

しかし、私の腹は決まった。
「明日、捨てようと思う」
決まれば、早い方がいい。
他人の手を煩わすくらいなら、持ち主の、この手で、葬ってやる。
その方が、ピッケルだって、得心が行くのでは、あるまいか。

但し、そのままの姿では、ゴミの収集員だって、車に積まない。
「このゴミは、収集出来ません」のシールを張られ、
空しく、置き場に残されるであろう。
それも哀れだ。
私は、やると決めたら、徹底してやる。
早い方がいい。
明日は、ピッケルの葬送をやろうと、決めた。

 * * *

ごりごりごり……
擬音で表せば、こういうことになる。
ピッケルの柄を、私が鋸で切る音だ。
もっと堅いかと思ったが、意外に、簡単に切れた。

金属部と、木部に分ければ、もう捨てられる。
しかし、それでは私の気が済まない。
金属部に食い込んでいる、木部をきれいに、取り去ってやることにした。
カツカツカツ……
鑿を使い、木を切り裂いて行く音である。

妻がこの様子を見て、呆れている。
妙なところに、偏執的にこだわる、私に対してである。
しかし、何も言わない。
私の傍らに来て、四十何年、とっくにこの変人ぶりは、知っている。

私は、小一時間かかり、ピッケルを解体した。
木部は、本日、燃えるゴミで捨てる。
頭部、そして石突の金属部は、明日の、不燃ゴミの日に捨てる。
私の、断捨離の一つが終った。

捨てやすいものなら、誰でも捨てる。
未練を断ち切ってこその、断捨離ではないだろうか。
私は少し、自分を、自慢していいかもしれない。

しかし、よく考えれば、その前に、長い貯蔵の期間があった。
使う宛もないままの、約半世紀である。
その方こそ、責められねばならない。
収納する場所が、あったからいけない。
倉庫のせいだ。
いっそ、倉庫を断捨離し、喫茶室にでも、改装した方が、良いのかもしれない。



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実行を期待しております

パトラッシュさん

漫歩さん、
横目で見る。
正にその通りです。

これじゃ、いかん。
何とかしなけりゃ……
で、正視できないのです。
わかっちゃ、いるんですがね

2017/09/16 18:15:56

この手で捨てます。

漫歩さん

今迄横目で見ては横着を決め込んでいましたが、
パトラッシュさんに先を越されてしまったので、やむなく実行します。(笑)

2017/09/16 18:06:03

私の場合は……

パトラッシュさん

喜美さん、
心配ありません。
残置物は、家屋の解体業者が、残らず処分してくれるはずです。

困るのは、引っ越しの場合です。
あれもこれも、新居に運ぶ。これが厄介なのです。
住み続けるなら、何も問題はないでしょう。
特に、喜美さんの家は、広いことでもあり。

私の場合は、妙なこだわりからです。
無一物で生まれて来たのだから、無一物でこの世を去りたい。
所詮無理と知りつつ、妙な願望があるからです。
これを、美学と言ったら、笑われるかもしれませんが……

2017/09/16 17:19:51

断舎利

喜美さん

難しいですね 主人の物は着る物も何もかも息子が自分が使うもの以外は
捨ててくれました 子供達も私にひまでしょうから 少しずつ片付けたらと言いますけれど 出してはしまい出しては戻す 繰り返しです 如何しましょう
死んでから家壊すでしょうから
その時やってもらうかなとも思います

2017/09/16 14:55:12

断捨離は

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
ずしんと……おみ足に響きませんでしたか。
今は、自重なさってください。
たっぷりと逡巡なさって、後日を期して下さい。

その気になれば、出来ますから。
嫌でも、やらざるを得なくなりましから。

2017/09/16 13:26:36

その気になれば、できますか・・。

シシーマニアさん

「やらないのは、理由を設け、先送りしているに過ぎない。」

ずしん、と来ました。
先送りにしていることが、たくさんあるので・・。

逡巡とは、私の為にある言葉だと思うほどです。

只、「動かすのは口では無くて、手」という言葉には、納得しています。

2017/09/16 09:50:41

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