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パトラッシュが駆ける!

野にうどんあり 

2017年09月23日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

やっと、店があった。
店頭に幟が立ち、そこに「うどん」の三字が見える。
「そば」がない。
田舎の一軒店なら、大概、両者を兼ねているものだ。
どうかすると、さらに「寿司」さえ、加わったりする。
「うなぎ」「とんかつ」にまで、手を広げている店もある。

どうやら、うどん専門店のようで、これはむしろ、望むところだ。
これが「焼肉」や「カレー」であったら、私は気が変わり、
店先から引き返したであろう。
せっかく、長閑な山郷に来ている。
どうせなら“らしい”ものを食べたい。

先ほども、曼珠沙華祭りの、イベント会場で、誘惑に駆られた。
焼きそばの、ソースの匂いが流れ、それがまた、やけに蠱惑的であった。
しかし、踏み止まった。
「山菜おこわ」や「巾着饅頭」なんてものにも、手を出さなかった。
関東平野の、西の果て、奥武蔵まで来たからには、蕎麦かうどんを、
食べねばならない。
鄙には、簡素な自然食が、似合うとしたものだ。

「十割蕎麦」の看板を見かけた。
しかし、距離があるようだ。
私達は、巾着田の、公称五百万本とも伝えられる、
曼珠沙華の群生地を見て回り、もう二時間も歩いている。
見終えてやっと、高麗(こま)駅近くまで、戻って来た。

私はいい。
まだまだ、足に余力がある。
しかし妻がいけない。
私ほどには、脚力がない。
その顔に、汗が浮かんでいる。
まったくもって、彼岸が近いというのに、この暑さはどうだろう。

店は込んでいた。
入口近くに椅子席が並び、奥に小上がりがある。
そのどちらにも、客が居て、八割方埋まっている。
よかった。
二割でも、空席があるだけいい。

私は、因果な性分であり、待たされることが、死ぬほど嫌いだ。
指をくわえ、座して死を待つくらいなら、敢然と、その店を脱出する。
高楊枝をくわえた、武士になったつもりで行く。
飲食店を決める際には、常にそういう、心構えでいる。
だから私は、グルメハンターなんかに、なれるわけがない。

運ばれて来た、盛りうどんを見て、驚いた。
大鉢に、太いうどんが、盛られていて、それが二人前も、
あるように見える。
箸で掬ってみたら、何のことはない。
鉢には、竹の簀が、敷かれてあり、上げ底になっているのであった。
麺に不揃いがある。
ねじれも散見される。
手打ちであることの、証明であろう。

硬い。
これを「歯ごたえがある」ということも出来る。
ほんのりと、小麦の香りがする。
汁は、あっさりで、辛さが少し、物足らないくらいだ。
しかし、出汁は効いている。
天ぷらも、まあまあ。
海老が大きい。

思い出した。
その名も「武蔵野うどん」であった。
埼玉県西部で、何度か食べたことがある。
硬くて太いのが、特徴である。
昔、米の採れ難い地での、日常食であったに違いない。
見かけより実質、働く者のための、エネルギー源としては、
こうでなければ、ならない。

但し、現代人に、この武骨さが、受け入れられるかとなると、話は別だ。
現に、私の妻は、麺の硬さに、戸惑っているようだ。
黙々と噛んでいる。
蕎麦のように、つるつるとは、とても行きかねる。

それなのに、何故、店が込んでいるか。
理由は簡単、曼珠沙華のシーズンだからだ。
客席を見渡せば、その見物客らしきで、いっぱいだ。
地元民も、居ないではない。
建設作業員風の若者が、数人、うどんと天丼を、その前に、並べて置き、
交互に食べていたりする。

要は、食堂なのだ。
選ぶほどには、飲食店がない。
店があれば、それが、うどん屋であろうが、蕎麦屋であろうが、客は入る。
特に、この時期だ。
花に引かれて、黙っていても、客は来る。
それで、繁盛しているのではあるまいか。

 * * *

曼珠沙華は、特異な花だ。
葉のない茎の天辺から、いきなり赤い花が開いている。
花弁が、それぞれに外側に反り、全体として、針山のような形を作っている。
この、頭でっかちを、生け花にするのは、かなり難しそうだ。
器を選び、共に活ける、相手を見つけなければなるまい。

しかしながら、野にあるそれはいい。
群れている光景は、さらに美しい。
林立する緑の茎が、無数の手となり、赤い分厚いじゅうたんを、
支えている感がある。
微視よりも、巨視に適した花だ。
野を一色に、染め上げるところ、色は違えど、ニッコウキスゲの群落に、
似て居なくもない。

一方で、その茎や花には、毒があるとされている。
墓の周辺に、植えられるのも、理由あってのことらしい。
かつて、土葬にした死体を、モグラなどの、野生動物から、
守るためとされている。
その、鮮やか過ぎる赤色と、特異な形状に、
禍々しさを感じる人も居るだろう。
元より、花には、なんの罪もない。

花は、その由緒を抜きに、ただ、花によってのみ、賞されるべきだ。
これ、人にも、同じことが言える。
先入観で、人を判断してはいけない。
それを、私自身に言いたい。
洞察力のない私は、すぐに、色眼鏡で、人を見てしまいがちになる。
今だって、そうだ。
丼を抱え、がつがつと食らう若者らに、つい、軽侮の目を向けている。
それこそが、若かりし頃の、己の姿であったのに。

 * * *

ちょっとした、ものであった。
曼珠沙華も、うどんも、である。
出来ることなら、裏を返してみたい。
二度味わって、結論が同じなら、初めて推奨に値する。

讃岐、水沢、稲庭、これが日本三大うどんと言われる。
武蔵野うどんは、これらに比べ、はるかに野暮ったい。
洗練と言う言葉から、はるかに遠いところに居る。
それがまた、良いのだ。
力がある。
あの硬さがいい。
小麦の香りがいい。

私は、帰ったばかりというのに、また奥武蔵へと、行きたくなっている。



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隠れ名店

パトラッシュさん

漫歩さん、
行かれましたか、巾着田に。
私は、名前だけは知っていましたが、訪れたのは、今回が初めてです。
満開まで、少し間がありましたが、それでも、大勢の人が出ていました。
最盛期は、きっと駐車場も満杯でしょうね。

グルメは、都会の有名店ばかりに、目が行くようですが、
辺鄙なところにも、意外に隠れ名店があるようです。
たまたまそう言う店に出会った時の、喜びは一入ですね。

2017/09/23 13:20:57

読者の目

パトラッシュさん

シシーマニアさん、

ぶっきらぼう……気づきませんでした。
女房は、空気のような存在。
そして時たま、私にブレーキをかけるために、出現する人。
だから、真剣に描写して、いないのかもしれません。

褒めたら終わり……というところもあります。
(自分を褒めるようなものですから)
照れ……ではないと思うのですが、もしかすると、無意識のうちに、
そういうものが、出ているのかもしれません。
読者の受け止めるところが、案外に正しいのです。
文は、作者の思いとは別に、リリースした時から、もう、読者のものですから。

2017/09/23 13:19:45

稲庭もいいですね

パトラッシュさん

喜美さん、
ご自宅の庭で、曼珠沙華を見られるとは、いいですね。
春夏秋冬、居ながらにして、目を楽しませでくれるものが、
何かしら、あるのでしょう。
稲庭うどんは、のど越しがよく、美味しいです。
秋田と言う、地方の産にしては、非常に洗練されています。
私も、あれはあれで、好きです。

2017/09/23 13:17:24

花見兼温泉でした

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
巾着田は間違いなく、埼玉の、名勝の一つでしょうね。
先日(私達が行った数日後に)天皇皇后両陛下が、行かれたようです。
高麗神社にも、お参りしたとか。
私達は、歩き疲れて、この神社までは、行けませんでした。

高麗駅近くでうどんを食べ、鉢形のそれを思い出しました。
また、うどんを食べに、出かけて行きたいと思っております。

当日は、西武秩父線で、足を伸ばし、武甲温泉につかり、汗を流して帰りました。

2017/09/23 13:16:23

漫歩

漫歩さん

私も巾着田の混雑ぶりを経験しています。臨時駐車場は満車に近く、指示された狭いスペースにはえらい苦労をしました。


ー 洗練と言う言葉から、はるかに遠いところに  
  居る。それがまた、良いのだ。

同感です。
丹沢湖に近い1軒だけの店の水団はそれでした。

2017/09/23 11:50:47

秋ですね

シシーマニアさん

曼珠沙華を見に行かれましたか・・。

五百万本の群生とは、ちょっと想像の域を超えています。汗をかかれた位だし、お天気も良かったのでしょうね。

師匠は自由人だから、お一人の時もあれば、お連れのあるときも、それぞれのご様子ですが・・。

奥様とご一緒の時の文章は、ちょっとぶっきらぼうだな、と思うのは私だけでしょうか・・。

そして、それこそが、粋な東京人の照れなのでは、等とうがった見方をしたり・・。

いい、お姿ですね。

2017/09/23 10:07:46

饂飩

喜美さん

巾着田1回行きましたけれど
今は我が家にも赤と白(黄色)咲きますからそれ見る程度です
饂飩はもう何十年も前に旅行帰り買った稲庭うどんが気に入り
毎年そこの家から取り寄せます
自分の好みを押し付け兄弟や友達にもあげています

2017/09/23 09:55:53

饂飩

吾喰楽さん

おはようございます。

巾着田へ行かれましたか。
私は、12年ほど前、妻のお供で行ったのが最初です。
その後、5、6回は行きました。
私が知る限り、一番の彼岸花です。

埼玉は、日本でも有数な小麦の生産県です。
農家などでは、日常的に饂飩をブツ(打つ)習慣があります。(最近は減ったかも知れません)
わが家の周辺には、饂飩の美味しい店が多いです。
でも、駅前の店は、味が変わりました。

2017/09/23 09:29:00

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