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パトラッシュが駆ける!

酒に恵まる 

2020年01月21日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

我が国のビールの消費量が、年々減少しているらしい。
そうかなあ……
私自身のそれは、一向に減っていない。
私は世の中に、こんな美味いものはないと思っている。
だから、そのことを、容易に信じられないでいる。

私の晩酌は、毎夜ビールに始まる。
雨にも風にも、冬の寒さにも負けず、ビールをやる。
夕食の料理を肴に、ロング缶を軽く空ける。
気の利いた料理、例えば、生きのいいシメサバや、
コハダの刺身なんぞがある時は、さらに追加する。

「またぁ」妻が顔を顰めるけれど、なに、構うことはない。
エクスキューズはいくらでもある。
「ビールには、整腸作用があるのです。つまり身体に良いのです」
「ビールで身上を潰した人はいません」
夏場であれば、さらに言う。
「熱中症を防ぐため、水分補給は、大事なことなのです」
妻も黙っていない。
「それは違います。ビールには利尿作用があり、
摂取したより多くの水分を、放出することになるのです」
いっぱしの保健婦にでも、なったように言う。

しかし、冷蔵庫のビールは、常に一定量が保たれている。
飲んだだけ、彼女が補充してくれている。
その胸の内は分かっている。
外で飲まれるよりはいい。
亭主が深酒に至らないで済む。
いかがわしい酒場へも、行かせたくない。
家で飲む分には、ビールなんて文字通り、
水みたいに安いものだと思っている。

私の晩酌は、二段階方式であり、終業後に、再び一杯やる。
これでも囲碁サロンの主であり、夜の九時までは、
客が来ようと来なかろうと、店を開いている。
商人だった頃の、名残りでもある。

今度は清酒をやる。
就寝前でもあり、もう肴は食べない。
それでも十分に美味い。
酒は、アルコール度数の高いほど、副食物が要らなくなる。

暮から正月にかけ、その清酒が大分貯まった。
私の酒好きは、世間に知られている。
私に物を贈ろうとする人達は、品物の選定に悩む必要がない。
あいつには、酒をあてがって置けば、それで良い。
それは、猫にマタタビを、犬に肉を、馬に人参を、ヘビに蛙を、
熊に蜂蜜を与えるより、ずっと喜ばれると知っている。
これは贈受双方にとって、簡明でよろしいのではないだろうか。

 * * *

ウイスキーを持って来たのが、一人居た。
隣の家作に住む、慶介だ。
彼は、食品スーパーの店長をやっている。
「やっと、手に入りましたー」
鬼が島に遠征した桃太郎が、取って来た鬼の首でも、
見せるように箱を開けた。
「山崎」……
高級なウイスキーだとは聞いている。
「たったの四本ですよ。たったの……」
彼の店への、それが割り当てだったらしい。
「すぐに一本、確保しました」
店長の権限に、ものを言わせたらしい。

高級ウイスキーが、品薄になっているとは、仄かに聞いていた。
長い熟成期間を要するウイスキーは、にわかな量産が利かない。
「残りの三本も、売り場に出した途端に、売れ切れました」
私は、普段馴染みがないせいもあり、その価値を知らない。
そう言えば「リスボン」が店仕舞いしてから、
バーというものへ、行っていない。
最後にウイスキーを飲んだのは、何時だったか、にわかに思い出せない。

「高かったろう」
「いえ、まあ……」
慶介は利口な男であり、余計なことは言わない。
しかし、真の利口者なら、とうに嫁さんをもらい、
借家住まいから脱しているだろう。
「Sに骨を埋めるつもりかい?」
聞いたことがある。
「わかりません」としか言わなかった。
私は彼が、本当に賢いのかどうか、見定めかねている。

「まあ、上がりなさい」
ダイニングキッチンに招き入れ、早速に、山崎の封を切った。
「はい」
慶介め、初めからそのつもりであったのだろう、
炭酸のボトルを手にしている。
ハイボールが好きなのである。
それをやるなら、トリスでいいじゃないか……
と言ってやりたくなるのだが、そこまで言っては可哀想だから、
黙っている。

私は氷を数片浮かべただけの、つまりロックでやる。
「へえ、すごいですねえ」と慶介は言うが、なにそんなもの、
西洋では当たり前だ。
スコッチを水で割る?
そんな光景を目の当たりにしたら、イギリス人は目を剥くに違いない。

一時間ほど、四方山話をし、二人で山崎を三分の一ほど空けた。
「じゃあ、おやすみなさい」で慶介は帰った。
といっても、階段を下り、十数歩歩けば、そこが彼の住まいだ。

誰か来たら、山崎を飲ませてやろうと思っていた。
「どうだ」と瓶を見せれば、酒飲みなら、
大方はその価値を知っていよう。
「ほう」か「へえ」かの感嘆詞が聞かれるに違いない。
しかし、こういう時に限り、誰も来ない。
私は毎夜、山崎を「夜酒」としてやっていた。
飲めば減る。
残りが三分の一ほどになった。

「持ってってやんな」
妻に言い、慶介のところへ運ばせた。
「変じゃないの、貰ったものを戻すなんて」
「いいんだ。幸せは分かち合うもんだ」
「………」
不承不承、慶介の元へ行った妻が戻って来た。
「喜んでました」
「言った通りだろ。酒飲みってえのは、そういうもんなんだ」
家主と言えは、親も同然。
私の面目は、躍如とまでは行かないが、
少しは施されたのではあるまいか。

 * * *

清酒の方は、潤沢にある。
各地の銘酒が揃っている。
私は今、大層リッチな気分になっている。

明日は銀座に出て、風流寄席に加わる。
その前に、語句氏と船長が、きっと私のサロンに立ち寄るであろう。
三人一緒に、銀座へ向かうのが慣例となっている。

獺祭(山口)真澄(信州)高清水(秋田)鶴亀(越後)
などの比べ飲みをやろうと思っている。
酒にウルサイ奴らの、鼻を明かせてやろうと思っている。
「とりあえず」でもって、ビールも出そう。
しかし彼らは、それをグラス一杯くらいしか、飲まないであろう。
「こちらを頂戴します」と言い、酒瓶の羅列を指差すであろう。

ビール不人気の理由が、何となくわかる。
それは「食前酒」であると共に「酒前酒」でもある。
本命前の酒、これでは消費が伸びるわけがない。



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