つれづれに

さくら? 京都・平安神宮 

2017年04月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

平安神宮の「神苑」の門を入ると、いきなり息をのむばかりの、少し濃いピンクの「紅しだれ桜」の姿に圧倒される。この姿はいつ見ても、すごい!としか例えようがない。百人中百人がカメラを構えて、取りつかれたようにシャッターを切る。
10年程前の華麗な花の姿・景色は今年も全く変わっていなかった。
私の今日のここでの目的は「写真」だ。それも私の歌をネットのYouTubeにアップする際の映像素材として。ただここの美しい桜の写真だけなら、これもネットにいくらでもあるが、私が桜をバックにマイクを持つ写真でないと意味がない。いろんなカットを20枚以上カメラに収めた。
これで、森山直太朗の歌「桜」の映像素材は決まりだ。歌もここの、「紅しだれ桜」のように美しく歌いたいと思う。YouTubeに1曲アップするだけで、かなりの出費と手間だが、そんな事言ってられない。

この京都で最近特に目にする外国人の女性観光客の姿。髪をセットして、「美しいレンタルの和服姿」もあでやかに京の都を練り歩き、さも幸せそうにお連れさんとカメラに収まるのは、見ても微笑ましい。まさに京都の「現代風物詩」といったところか。10年前の京都にはこの様な風物詩は探しても見られなかった。

平安神宮を後にして少し時間があったので、桜の名所として知られる「哲学の道」へ足を伸ばした。
哲学の道(てつがくのみち)は京都市左京区にある琵琶湖疏水分線(幅5mほどの流れ)に沿った長さ2Kmほどの歩道である。時刻は16時頃だったが、銀閣寺からも近いせいで、観光客が広くもない遊歩道に沿って絶え間なく続いた。
哲学の道の由来は知らないが、昔の有名な哲学者3人の名前は覚えていた。中学の歴史の時間に教師から「でかんしょ」と覚えなさいと言われたのだ。
そしてこのあたりには、昔は学生が多かったのだろうか・・調べればこんな記述が出てきた。
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旧制高等学校生といえば、デカンショ節で有名なように、デカルト、カント、ショーペンハウアーなどを愛読する哲学青年や文学青年のイメージがある、・・・
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曇空だったが、桜のトンネルも見応え充分であった。
京都を半日歩き回り疲れたが、良い写真が撮れただけに「わくわくの半日」となった。遅い昼食はコンビニで買ったおにぎり2個のみ。時間は4時半を過ぎていた。

最後にそこでの蛇足話を一つ。・・
シーチキンおにぎりを選んでいる私を見て、外人女性が「それはチキン入りですか?」と尋ねた。私は反射的に「イエス、チキン入りです」と答えてあげたのだが、「しまった、あれはチキンではなかった!」と気付いても後の祭りだ。それを食べた彼女はたぶん「日本ではチキンはこんなに細かく砕いて、変わった味付けをするものだ」と思ったに違いない。「アイアム,ソーリー、ごめんなさい」だった。



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