つれづれに

7年前の思い出 ? 

2017年02月04日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

前回のブログの続きとして
私が7年前に住んでいた街(かれこれ25年ほど住んだ)は高野山のふもとにあり、昔の高野街道沿いにあった。高野街道とは大阪と高野山を結ぶ街道で、高野山より更に東をめざせば、三重県の熊野へ通ずるいわゆる熊野古道へと進む。熊野古道は世界遺産の一部だ。
私の住んだその街は大阪市内へ電車で40分足らずで、朝早い電車は通勤客で混み合う。そして街の住人は働き盛りの人が大半だった。
昔からある古い町であれば、地域の長老が区長(その街では自治会長という呼び名)を務めるのがお決まりだったが、新興住宅地なので長老と言うべき人は存在しない。だから自治会長といういう大役にはなり手がいなかった。年も70前後の仕事を持たぬ人「いわゆるひま人」は少なかったのである。そういう街だから「会長選び」は毎年難航して、抽選以外に方法はなかった。

ある野望(ここではこう言っておく)を持った私は、その自治会長を自分から買って出た。私はその街の数少ない商売人の一人で、おまけに、以前にその地区の中学校のPTA会長の経験もあった。そして立候補したものだから、すんなりと会長の役を務めることになったのだ。会長の座についてより最初の1年間は、前回ブログの通り大役を物ともせず、自前の改革精神を振りかざして、思うままに進んだまでは良かった。夏祭り行事を始め・町の役員組織・その役割その他あらゆる分野に改変のメスを入れたものだ。

 写真1は街の老人会のメンバーとクリスマス会
   

  ・・・続きは役職2年目へ・・・



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